侵入者 ジャネット

「むむう。見れば見るほど、妙ですな」

 パリで借りている屋敷にて、レオはアンにそう告げた。


 聞いたとおり、この地下下水道の設計はおかしい。予算通り完成しているはず。なのに、値段が三割高めに設計されている。


 レンガの質を変えた? いや、材料はすべてこちらで用意した。細工できるはずがない。


 では、地図では分からない部分に、仕掛けがあるのかも。


「これは、ディプレシ男爵を問い詰める必要がありそうですな」

「やっぱりなの? バロールとも繋がっていると言うし」


「とっちめねば、なんらんでしょうな」

 それはそうと、レオは気になることがあった。


「殿下、つかぬことをお伺いしますが、香水を変えられましたかな?」


「いえ。それが何か?」


「こちらの話です。では、近い打ちに地下道へ探索に行って参ります」


 分からないことがあれば現地へ。イタリア時代からの習慣だ。


「大丈夫?」

「リザさんも一緒ですから、平気ですぞ」

「頼むわよ」


 アンは、部屋を出て行った。


 寝室に向かい、資料をまとめる。クロ・リュセ城地下にあるカラクリの設計図などだ。


「いいかげん、お顔を出されてはいかがですかな、レディ?」

 レオが、天井に話しかける。


 天井に、わずかながらスキマができた。


「いつから気づいてたんスか?」

 スキマから、女の声がする。


「一時間ほど前からですぞ。貧民街で見たときより香りがいい。職を得ましたな?」


 あの少女は貧民だった当時、生ゴミの臭いをわずかに漂わせていた。


 今は違う。清潔な香りを連れている。

 王宮か、貴族のメイドとして働いているのではないだろうか。


 強い花の香りだ。

 高貴な人物をもてなすため、自身も清潔にするようにしつけられたような。


「アタイを知っているんスか?」

「一度見た相手は、忘れませんぞ。ジャネットさん」


「アタイを知っているんスね」


 わずかだが、動揺した声が聞こえた。

 敵は、件のメイドに違いない。


「お友達は?」

「リザさんなら、夕飯の買い出しですぞ」


「なら、好都合ッス!」

 ジャネットが、襲いかかってきた。


 ベッドの上で、手四つのまま取っ組み合いになる。


 ジャネットは貧民だった頃のボロではなく、革製のノースリーブとハーフパンツ姿だ。

 動きやすいように、伸縮性の高い素材を使っている。

 まるで、どこかの機関に所属する戦闘員のような。


「あんたを連れ去るように言われているッス。いなかった場合は、毒ガスの設計図でも持って帰れって」


「あいにくですが、年頃のレディは間に合ってますぞ」

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