敵を欺くには味方から

「姐さんはアタイを信じてくれたッス。このジャネット、死力を尽くします」


「分かりました。そういうワケだけど、どうかしら、メルツィ?」


 もう一人の親衛隊、メルツィに話を振る。


「王妃殿下のお考えには、感服致しました。我が名はフランチェスコ・メルツィ。我は単細胞なので、色々と迷惑をかける。我がカバーできない部分のフォローを、よろしく頼む」


 しっかりした青年だ。特に威張るでもなく、目下に頭まで下げた。


「ジャネット・カプロッティ、ッス。貴族様のマナーとかてんでダメなんで、それ以外なら任せてくださいッス」


 互いの挨拶も終わったところで、二人を自室まで連れて行く。


「では、あなたにも武器が必要ね」


 机の引き出しを開け、アンは鞘付きのナイフをジャネットに渡す。


「これはクナイといって、ニホンの武器だそうです。私はニホンの文化には明るくないので存じませんが、強力な武器だそうで。それ一本だけでもメイドが半月雇える額だそうです」


「うへえ。働いているのがバカらしいっすね」

 冗談交じりで、ジャネットはつぶやく。


「ではメルツィとジャネット、情報収集よろしくお願いします」


 二人は姿勢を正し、街へと出向いた。


「本当によろしいので?」

 二人がいなくなった後、オルガがアンに尋ねる。

「フランチェはともかく、ジャネットは信用できるかどうか」


「それも含めて、私は彼女を泳がせる必要があると思ったの」

 書斎まで戻ってきた。


 アンは、ジャネットが「本当に」取ろうとしていた本を、書棚から出す。


「それは……!」

 恐ろしいものを見るような目をして、オルガが後ずさる。


 本の表紙には、こう書かれていた。



「毒ガスの作り方」と。



 著者は、レオナルド・ダ・ヴィンチだった。


 と言っても、中身は

「生ゴミと便を混ぜて街中にまき散らそうぜ!」

 などといった、さっぱりデタラメな内容だったのだが。


「貧民出身の彼女が、どうしてこんな本を?」


 オルガが疑問を出すのも、無理はない。


 貧民出身の少女が、どうして毒ガスなどといった高度な科学に興味を持つのか。


 クーデターを起こすつもりなのか? 

 あるいは、別の影が動いている気配がする。


「それを調べるの。ジャネットには、貧民を仕切っている関係者を当たってもらっている。フランチェは二重スパイを任せるわ。ジャネットを陰で操っている人物を探し出してもらう」


 ジャネットが敵と密通しているなんて、アンも信じたくはない。事情があるのだと思いたいが。


 敵がバロール教団だとしたら、アンも本気で動く必要がある。

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