ジャネットの決断

 青ざめたジャネットの両肩に、アンは手を置く。

「大丈夫よ。まずは、いったん帰りましょう」


 王宮の前に戻ってきた。


 ジャネットは、その場を離れようとする。


「本当に大丈夫だから」とアンが呼びかけた。


 手を強く握ると、ジャネットはおとなしくなる。生きることをあきらめしまったのかも知れない。


 兵士にバレないよう、アンは裏門から入ろうとした。


「まったくこの子は!」

 裏門の前には、仁王立ちしたオルガが待ち構えている。隣にはメルツィが。


「まあ、いいからいいから。本は取り返したわ」


「貧民街の出でして。手癖が悪くて」


「アーサー王伝説程度の本より、ココにある歴史書の方が価値があるわ。持って行きなさい」


 アンが、持っていた書物を差し出す。


 へへへ、とジャネットは歴史書に手を伸ばした。


「そのかわり、あなたとの関係はこれっきり。この本を持ってさっさと国へお帰りなさい」


 ピタリ、とジャネットの手が止まる。


「あなたに用意された道は二つです。今日最後の盗みを働いて、国に帰るか、私の親衛隊に入り、スパイとして生きるか」

 アンは、ジャネットに指を二本見せた。


 こちらに向いたジャネットの顔は、笑ったままだ。ただ、細い目だけは笑っていない。


「もし、後者を選んでくれたら、あなたのきょうだいの面倒もこちらで見ます」


「王妃殿下、そんな約束を!」


「いいんです!」


 無茶を聞いてもらうのだ。

 最悪、任務中に死ぬかも知れない。

 こんな対価でも少ないくらいである。


 まして貴族は人を人とも思わない節が。何をされるか分からないのだ。


「ちょ。マジッスか? アタイを含めて、七人いるんすよ?」


「大マジよ。私はルイに嫁ぐまで、七人の子どもを死なせたわ」


 ジャネットの表情が、凍り付いたようにマジメになる。


「あなたのきょうだいを、我が子のように育てるつもりはない。亡くなった子どもの代理になって欲しいわけでもないの。私には二人の娘がいるから。ただ、せっかくの能力を盗みに使うくらいなら、あなたが欲しいわ」


「アタイ一人のために、六人も面倒みるっスか?」


「それだけの価値が、あなたにはあるわ」


 フッ、と、不意にジャネットは笑った。

「姐さんには敵わねえッス」


 本に関心をなくしたのか、ジャネットが頭をかく。


「一生ついて行きます。スパイでも殺しでも何でもやらせてください。王妃の姐さん」 


「姐さんって、あなたね!」

 オルガが、ジャネットの口調をたしなめる。


「いいのよ」と、アンがオルガをおさえた。


「でも、それでいいの? 危険な任務なのよ。命を失うかも知れない」

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