物乞いの少女
「何をおっしゃいます、お母さま。カトラリーによるマナーがうるさくなったのは、一三世紀ごろ。つい最近のことですわ」
クロードのいうとおり、昔のフランスは「手で食べない方が下品」とまで言われていたらしい。
「なぞマナーはボクメツすべしです。おかあさま」
愛娘たちは、二枚のパンケーキを口いっぱいに頬張る。
母親としては、もっと品のいいレディに育って欲しいのだけれど。
「東洋の打楽器に似ていることから、ドラヤキと言われているでござる」
「変わった食べ方をするのね。東洋は神秘的だわ。生魚も食べるなんて」
「特に珍しくはござらんよ。拙者の国では、カタツムリを食べませぬ」
エスカルゴのことか。
食用に育てたリンゴマイマイという種を加熱し、バターソースとからめるのだ。
「おそらく、ニンニクと『ばたー』が我が国にないからでございましょう。ニホンではめったに食しませぬ」
「フランスにはしょう油がないわ。オソバの調理もご苦労なされたでしょう」
「ソバがあるだけ、まだマシですな。これがなければ、ホームシックにかかっておったことでしょう」
それにしても、ソバのすすり方は苦手だ。
「おやおや、アンってば不器用だね」
アンの隣の席で、見慣れた男女二人組を見つける。リザとレオだった。二人とも、箸を器用に使ってソバをすすっている。
「なかなかに風流ですな、アン殿」
「ワインのテイスティングだと思えば、すする食べ方も悪くないよ」
二人は透明な酒を、えらく小さなカップで飲んでいた。白ワインかと思ったが、匂いがまるで違う。
「ニホンシュって言うんだよ。お米で作ったお酒だってさ。あんたもやりなよ。ソバに合う」
アンは、リザのカップを受け取って、一口だけ舐める。温かく、やや辛口の口当たりだ。ふんわりとした熱がノドを通り過ぎる。
「いいわね。お米ってリゾットくらいしか用途がないって思っていたけれど」
「今度ぜひ、クロ・リュセ城へお立ち寄りください。見せたいモノがございますぞ!」
酒が入ってか、やや興奮気味のレオがアンに告げる。
「ここでは、遺跡のことは黙っていてちょうだい」
「おっと失礼」と、レオは口を手で塞ぐ。
「レオが戻っていると言うことは、何か言いたそうね?」
「その件についてはいずれ。お城へいらしてください」
なにやら、見せたいモノがあるらしい。
イコの妻マチルドが、厨房からイコを呼ぶ。
「ああ。用意しているでござる」
イコが、船尾へと向かう。
そこには、物乞いがイコに施しを受けていた。誰も彼も幼い。クロードより年上だろう。
「あ、あの子」
アンは、物乞いの中に、背の高い少女を見つけた。
この間、レオが助けた少女だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます