パリの屋形船

 パリへ戻って数日後のことだ。

 約束通り、娘たちをイコの店へ連れてきた。

 

 イコは、セーヌ川に船を停泊させて、店として営業している。「屋形船」という店らしい。


 見たこともない食べ物を前に、娘たちははしゃいでいる。


「ごめんなさいね。海へ連れて行けなくて」


 本当は、ノワールムティエに連れて行く予定だった。

 ホタテも干物ではなく、生を食べさせたいとも。

 

 しかし、モンスターとの戦いで店がつぶれてしまったので、仕方がない。


「何をおっしゃいますの、お母さま。お船の上でランチですよ。それも、異国のお船ですわ。キレイなセーヌ川を眺めながら、親子でお食事する。なんて夢のようなのかしら」


 うれしいことを、クロードが言ってくれる。


「場所ではなくて、ふんいきが大事です。おかあさま」

 オルガによく懐いているせいか、ルネは時々発言がババ臭い。


 娘たちは楽しそうだ。ノワールムティエの海も見たかっただろうに。とはいえ、羽を伸ばすには丁度いい。


「ナントにある粉を使って、こういうものを作ってみたでござる」


 三人のテーブルに、お椀に入った麺料理が用意された。

 汁が見た目が茶色い。


 しかし、かの汁からは、強い香辛料の香りが漂う。まるで乾燥させた魚に鼻を近づけているかのような芳しさだ。


「このおソバっていう食べ物、おいしい!」

 恐れを知らないルネが、フォークで巻いて食べている。

 

 妹にいいところをみせようとしてか、クロードも負けじと未知の食材を口に入れた。

「うん! たまんないですわ!」

 イカとホタテのパンケーキと一緒に、ソバも堪能する。


「ソバって、こういう食べ方をするのね」


「小麦があれば、うどんという料理もできます」


 イコの故郷である伊勢は、小麦を伸ばして食する「うどん」なる食べ物があるという。


 小麦が不足しているブルターニュでは、うどんを打てない。


 しかし、ソバを発見したイコは、水を得た魚のように、ソバを堪能している。


「あなたの店では、置いてなかったけれど」

「妻の父上が、ソバを食えませんでな」

「私も、あなたたちのようにうまく食べられないわ」

「勢いよく、ズズズッとっすすっても構わないでござる」


 席に座り、イコが自分の分を箸で器用に摘まむ。口に入れると、麺をズルズルと音を立ててすすった。


「変わった食べ方ね」

 アンもマネをしてみるが、うまくできない。お箸が使えないからであろう。


「こちらもおいしい」

 ルネは、煮た赤インゲンを載せたパンケーキに興味津々だ。甘いお菓子に夢中である。


「オススメは、パンケーキを二つ手に持って、インゲンを挟み込む食べ方である。こうやって、パクッといってくだされ」


 イコが、両手に持った二つのパンケーキを、赤インゲンでくっつけた。

 大きな口で豪快にかぶりつく。まるで少年のように。


「ちょっと、下品な食べ方教えないでくださらない?」

 

 アンの文句も空しく、娘ふたりは下品な食べ方を始めた。

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