第三章 Est-ce que votre jeunesse brille?(君の青春は輝いているか)
ダ・ヴィンチの春
帰路の際、アンは一度ナントに立ち寄り、イザボーと再び入れ替わった。
功労者の妹には、リザの冷凍魔法で凍らせた、とびきり新鮮な海鮮を送ってある。
姉妹を交えた酒盛りの後、パリへと進んだ。
とはいえ、クロ・リュセ城の調査はまだ進んでいない。しかも、調査中はレオの手を借りられない。
今は一緒に帰っているが、彼はまた戻る必要がある。
馬車が、貧民街を通っていく。ルート上、ここから行く方が近い。
騎士たちの一部が、鼻を摘まんでいる。
馬車内のアンは特に気にならなかったが、相当な異臭を放っているらしい。
突然、馬車の前に少女が飛び出してきた。
「止まりなさい!」
アンの指示は通ったが、御者の反応は鈍かった。彼ら平民にとって、貧民は人間でない。
いち早く、少女を抱きかかえる人物がいた。レオだ。彼は馬から少女を引き上げて、抱き寄せる。
「大丈……」
言いかけて、レオが言葉を詰まらせた。
少女は顔立ちからして、一〇代後半だろうか。あまりに痩せすぎている身体に、ボロ着を纏っている。
「ご、ご無事ですかな?」
新種の生き物でも発見したかのように、レオは少女をジッと見つめていた。
いや、あの表情は。
「降ろして欲しいっス。アタイをかくまうと危険な目に」
身体をよじって、少女はレオの腕から逃げようとする。
事情はすぐに分かった。複数の男性たちが、少女を捕まえようとしているのだ。
「その女をこっちに渡しやがれ!」
「なんのご用ですかな?」
「テメエには関係ねえんだよ。すっこんでろ!」
男の一人が、レオに凄む。
「穏やかではありませんな! レディに無礼を働こうというのですかな?」
レオも負けていない。ケンカしたらまず勝ち目はないだろうが。
案の定、レオはゲンコツ一発でノされてしまった。
倒れているレオに少女は駆け寄る。
自分が出て行った方がいいかも。だが、今は王妃の格好だ。目立つわけにはいかない。
ナントでマチルドを助けたときは、騎士に手本を見せる必要があった。
その成果がこれだ。
騎士たちは、レオと少女を悪漢から守っている。
「どきやがれ! こっちは正当な理由でこいつを追いかけていたんだ。このガキ、ウチの商品を盗み食いしやがって!」
「アタイじゃねえッス。犬ッス」
「言い訳するんじゃねえ!」
悪漢は少女の手首を掴んで、立たせようとした。
「お主らの損失、拙者が立て替えよう」
イコは銅貨を数枚放り投げて、悪漢の手を手刀で弾く。
「それと、犬はこちらのことかな?」
イコの後ろでは、ローザがいた。干し肉を咥えた犬を抱きかかえている。
呑気に、犬はハッハッハッと舌を出している。満足げだ。
舌打ちをした後、悪漢共は去って行った。
「ありがとうッス。ご迷惑をおかけしたッス」
少女はレオを立たせる。
「お役に立てませんで。イコ殿、かたじけない」
「拙者より、ローザの功績ですな。犬がこの子に懐いておったようで」
イコが犬の頭を撫でて、放してやった。
「このお礼は、いつか必ず」
「え、あ、はい」
レオにしては、随分と歯切れが悪い返答である。名残惜しそうな視線で、少女を見送っていた。
「あんなヒゲにも、春が来たみたいだね」
馬車の窓越しから、リザがささやく。
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