吟遊詩人 モリエール 一世

 馬車が冒険者ギルドの近くを進む。

 まるでパレードのようなお迎えが。



「お帰りなさい、リザ。一曲お送りするわ!」


 一人の吟遊詩人トルバドールが、冒険者ギルドから飛び出してきた。リュートを奏で、王宮に仕える冒険者をテーマにした、情熱的な冒険譚を歌う。


「ただいま、モリエール」 

 リザが馬を下りて、モリエールとハグをした。


「なんともない? 心配したのよ?」

「色々あったけど、無事だよ」

 世間話に華が咲く。 


「ギルドに挨拶をしてきます」


 最大級の賛美を受けて、アンは馬車を降りた。吟遊詩人と向き合う。


「これはこれは、王妃殿下。いえ、大公殿下とお呼びすれば」


「アンでいいわ。ギルマス」


 何を隠そう、彼はギルド長である。元々ただの道楽者だったが、冒険者から旅のエピソードを聞いては歌にしていった。


 そのついでとして、ギルドの管理運営も行っている。趣味と実益を兼ねているのだ。女言葉を話すが、一応男性である。


 世直しといった裏稼業で、ギルマスとはよく話していた。


「えーっ、そういうわけにはいかないわー」

 ギルマスが、生意気な口を利く。


「貴様、王妃殿下の御前であるぞ!」


 剣を抜こうとした騎士を、アンはたしなめた。


「おやめなさい。あなたなんかが触れることもできない商家の出なのよ」


 ギルマスの肩にかかっているマントの紋章を見て、いきり立っていた騎士は及び腰になる。


「ポ、ポクラン家の紋章……」

 恐怖からか、騎士は手を震わせて柄から手を離した。


「やっだー。ポクランなんて田舎くさい名字で呼ばないでー。ここではモリエールって呼んでちょうだい」


 ジャン・ポクラン、通称『モリエール 一世』は、室内装飾業者ポクラン家の三男坊である。


 商売っ気のない彼は、家に馴染めず家出した。家の支援を受けず、冒険者ギルドを運営している。


 モリエールの運営する冒険者ギルドは、元々は要人警護から始まった。そこから人員斡旋や貴族同士のお見合いコンサルタントなどの業務を経て、信頼を得ていく。


 現在は、冒険だけでも成り立っているが、地味な仕事が多かったのだ。


「まあ、ボクはケンカは弱いのよね」

 皮肉っぽく、モリエールはおどけた。


 物騒なギルドを納めてはいるが、ジャン・ポクランは非戦闘職である。


「剣は扱える者が扱うべき」と、剣を持たない。


 自分は彼らを称えることが仕事だと。口が上手い彼らしい。


 だが、ポクランの名は外せない。

 ギルドの名が世間に知れているのは、家の信頼があってこそだから。


 本当は今すぐにでもマントを脱ぎたいと、毎回酒場で零している。

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