イコの贖罪!?

 ガマが、イコに向かって手でサインを送ったのが見える。


 ポルトガルの船が去って行く。


 入れ替わるようにして、フランス軍が到着した。


 軍はクラーケンの死体を探したが、みつからない。まるで、始めから何もなかったかのように。


 だが、海はかつてないほどに澄んでいた。


「クラーケンが死んだことで、海に精気が戻ったのね」


 これで、もっとおいしい食材が手に入るだろう。



 だが、そこにイコの姿はなくなる。


「アン殿、こたびの無礼、まことに申し訳なく」

 イコはアンに頭を下げ、ヒザを折った。


「あなた!」

 マチルドとローザが、イコに駆け寄ろうとする。


「来るでない!」

 大声を上げ、イコは二人をこちらへ来させない。


「この移香斎、自害も辞さぬ所存。どうか、我が命を持ってお許しをいただきたく」

 その場でイコは正座をして、アンに首をはねられるのを待つ。


「いいいでしょう」

 アンは大剣を、イコの首筋に当てた。


「いいのかよ、アン?」


「これも、ケジメというもの」


 アンは剣を振り下ろした。


 イコに当たる直前で。


「なんのマネでござるか?」


 イコに向けて、アンは微笑んでくる。


「これにて、フランス王妃に仇なす逆賊、愛洲移香斎は死にました。ここにいる男は、料理と家族を愛するただのコック、イコ・アイスです」


「しかし拙者は、あなたを斬ろうと」


「そんな事件なんてなかった。でしょ、リザ」


 目撃者であるリザが、話を合わせる。

「実際に見ていたあたしが言うんだから、ないったらない」


 二人の優しさに、イコは感謝の言葉すら浮かばない。


 アンに向き直り、改めて土下座をした。


「頭を上げてちょうだい。礼をいうのはこちらなのよ」


「と、申しますと?」


「あなたのお店が繁盛したおかげで、ナントのシードルは売れているのよ。ナントを代表してお礼を言わせてちょうだい」


 ナントファーストなアンにとって、ナントの繁栄は何者にも代えがたい。ナント産業の発展に貢献しているイコを、みすみす殺すのは本意ではないのだ。

 そう説得を受けた後、リザが近づいてきた。


「粋なことするね、アン」

 アンの本心をあっさりと見抜く。


「わ、私はただナントの将来を」


「とか言っちゃってー。素直じゃないねアンは」

「バ、バカおっしゃい!」


 焼け野原となったノワールムティエに、救いの笑顔が咲いた。


「しかし、肝心の店が」


 先代から引き継ぎ、今日まで守り抜いていた店は、大黒柱さえペシャンコになっている。


「そうだわ、イコ。ウチにいらっしゃいな。セーヌ川沿いでなら、お店ができるかと」

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