クラーケンを切り裂け

 これにて、全てが終わったかに思えた。


 だが、海が突然、二つに割れる。


 海を切り裂いたのは、大きなイカの触手であった。漁に連れて行ってもらったことがあるが、あんな化物は見たことがない。


 いともたやすく、巨大イカは店を踏み潰した。

 イコたち家族の思い出すら、視界にも入っていない。


「フハハア! クラーケンよ、この島を沈めてしまえ!」

 そう言って、妖術師は絶命した。妖術師が黒い霧となって、クラーケンに吸収されていく。

 

 クラーケンの触手が、事切れているカゾーランを絡め取った。細胞すら変化させるかのように、ブチブチと丹念に握りつぶす。


「グウリリッリィ」


 現れたのは二足歩行の魔獣だった。サソリを人型に変質させたような、異形の亜人だ。サソリ亜人が、イコに直進する。サソリの尾を模した右腕から、針が伸びる。まるでサーベルのような。


 霊剣で、イコはカゾーランと打ち合う。


「退くでござる! こちらはお任せを!」


「そんなワケにも、いかないわ!」

 アンは髪留めを外し、握りこむ。血で染まった手の平で、大剣を撫でた。


 青白く発光した剣を構え、クラーケンを迎え撃つ気だ。たった一人で。


「無茶でござる!」


 あの剣からは、ただならぬ冷気が発せられている。


 それでも、あの巨体を切り裂くには。


「ふん!」

 まるで丸太を断つかのように、アンはクラーケンの触手を叩き斬る。


 激しい炸裂音を立て、触手がはじけ飛んだ。


 リザも戦列に加わって、クラーケンを足止めする。


「ムダだ。お前ら家族はココで死ぬ。あの店長のようにな!」

 サーベルを操り、カゾーランが斬りかかってきた。

 やはり、この化物はカゾーランだ。


「貴様、なんと言った!?」


「店長を、商業ギルドの長を殺したって言ったんだよ! あのヤロウ、度々こっちの商売を邪魔しやがって! 目障りなヤロウだった!」


 店長は事故で死んだと思っていたが、やはりカゾーランの仕業だったらしい。


「ヤツを闇討ちしてこっちが天下を取ろうって矢先、お前らが現れた。お前らのせいで、元々前ギルドの見方だった奴らは、こぞってオレらのやり方に反発しやがる!」


「貴様の味方など最初からおらぬ!」


「どうかな! クラーケンに襲われるってなりゃあ、いくらギルドでも持つまい! あのアマがいくら強いからと言って……」


 言いかけて、カゾーランが唖然とした顔になった。


 同時に、爆音が轟く。


 クラーケンのいる方角からだ。


「なんだありゃあ!?」

 イコも、カゾーランの視線を追う。

 

 武装商船が、クラーケンに大砲を喰らわせているのだ。


「なんでポルトガル軍が、フランスに!」


 ポルトガル軍は、海に落ちているカゾーランの子分も一人残らず引き揚げて、縄で縛る。


「退治しに来たんだよ! こんなイカのバケモンをポルトガルに持ち込まれたら給ったもんじゃねえからな! 放てーえ!」


 バスコ・ダ・ガマの号令で、砲撃が繰り返された。


 さしものクラーケンも、大砲を連続で浴びせられて無傷では済まない。


「作戦失敗でござるな!」


「こしゃくな!」


「こしゃくな!」

 カゾーランが、突きを繰り出す。


 霊剣の棟に手を添え、イコは下段に構えた。

 迫り来るサーベルを刃に滑らせる。カゾーランの攻撃を軽々と受け流した。


「ぬお!?」


「素人の突きなど、陰流の前では止まって見えるでござる!」

 カゾーランの腕ごと、針状のサーベルを切り落とす。


「ぎゃあああ!」

 腕を吹き飛ばされ、カゾーランが悶絶した。


「店長の、義父の仇!」

 袈裟斬りを、カゾーランに叩き込む。



 袈裟斬りを、カゾーランに叩き込んだ。


 霊剣の作用からか、カゾーランはもだえた後に倒れ込み、爆発した。


「アン、今だよ!」


 リザがクラーケンから距離を取り、アンが体勢を整える。改めて剣に手の平を滑らせた。剣を覆う聖なる光が、輝きを増す。


 弱っているクラーケンは、反撃できない。



「古き神、大いなるケルトの神格よ。その力を以て悪しき闇を断て。クラウ・ソラス!」



 縦一文字に、アンは虚空へ剣を振り下ろす。


 大剣に込められていた輝きが、光の波動となってクラーケンに迫った。


 青白き波動の刃が、クラーケンの巨体を両断する。


 信じられない光景だった。イコは、自分の目を疑う。


 それは、ガマも同じだった。


 だが、クラーケンは海へと沈んでいく。それは事実だった。



 イコたちは、勝ったのだ。

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