イコが見た奇跡

 矢をまともに受けて、アンは転倒した。矢を抜き去り、手で止血する。


「自分から犠牲になりやがったぜ、このアマ! さあ、さっさとオレらのシマを荒らすこのクソアマをやっちまうんだよ!」


 苛立った口調で、カゾーランがイコに指図してきた。


 アンはあろうことか、泣いているローザに微笑みかけた。 自分が痛い思いをしているはずなのに。


「できぬ」

 イコは剣を下げた。もう、彼女を斬れない。娘を守ってくれた恩人を攻撃するなど。


「拙者には、恩人を斬る道理はござらん!」

 槍を投げるように、イコは刀を構える。


「おおお!」

 マチルドを縛っていた野盗に、イコは刀を投げつけた。


 野盗の肩に、イコの刀が突き刺さる。


「何してやがる!」


「貴様の言葉など聞かぬ! 覚悟カゾーラン!」


 二人に駆け寄り、イコは野盗から剣を抜く。切っ先をカゾーランに向けて、ローザとマチルドをかばった。


「や、やってやろうじゃねーか!」

 カゾーランの子分たちが、イコに殺到する。


 イコは刀を構えた。

 

 さらば家族よ。せめて父のように愚かな行動はせぬよう、と願いながら。



「すまぬ、旅のお方。こんな戦に巻き込んでしまっ……」


 死を待つ状態のイコは、さらに信じられない奇跡を見た。


 ローザを縛っていたボロ着の人物が、アンに手をかざしたのだ。


 アンの傷口が、みるみるふさがっていく。


「テメエ、なんのつもりだ!」


「このつもりさ!」

 ボロをまとっていた人物が、ローザに襲いかかった野盗を魔法で焼く。

 正体は、リザだった。

 返す刀で、マチルドに狙いをつけた野盗に雷撃を浴びせる。

 

 リザの足下には、野盗が昏倒していた。いつの間に入れ替わったのだろうか。誰にも知られず。

 

 リザのボロが、アンに覆い被さる。

 

 アンは早着替えにて、別人のように豪華な服をまとっていた。髪には、王家にしか身につけられない装飾品が光っている。


「このアマ、何者だ!」


「控えな! さっきから偉そうに言ってるけどさ!」

 状況を理解できない様子のカゾーランを、リザが責め立てる。


「カゾーラン、余の顔を忘れたか!」


「なにいい……はっ!」

 何かを思い出したかのように、カゾーランは慌てふためく。


「た、大公殿下!」

 カゾーランがその場でひざまずく。配下の妖術師でさえ、土下座した。


 アンが、ナントの大公だと? 彼女が、フランス王妃のアン・ド・ブルターニュだというのか。


 ローザを連れて、マチルドがイコの隣に座る。


 イコも、家族で一緒に頭を下げた。


 フランスが、ナントが、この家族を助けに来ててくれたのだ。汚職にまみれたこの島を。

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