アンのそっくりさん

 出発の当日、アンは馬に載って兵士たちの前に現れた。

 アンに似て気性の荒い栗毛である。ナントで飼育している、アンの愛馬だ。


「どういうお考えなのでしょう? 馬車をお使いください!」

 御者がアンを先導する。


「まあ待ちな」

 馬に乗ったまま、リザが御者を制した。

「王妃はこの地に留まるって聞いたよ。会議が長引いているんだ」


 思っていたより、ナントの情勢は厳しい。アンは一人残って、民の言葉に耳を貸すという。

 フランス兵の前で、リザは嘘八百を並べ立てた。


「しかし、ノワールムティエにも視察に行かねば」


「いきなり王妃さまが訪ねてきたら、普段の暮らしが分からないじゃないか? ナントはガチの視察だったけど、ノワールムティエはついでだろ? 報告だけすればいいんだよ」


 貴族も王族も、兵士傭兵すら問わない。全員分け隔てなく普通人として振る舞おうとなった。

 一部の兵士は納得していない。しかし、アンは肩の凝らない関係を望んだ。


 リザの説得を聞いても、兵たちは納得しない。


「それに、ノワールムティエに不穏な空気がある。商人の横暴を見過ごすわけにはいかない。ただ、王家が直々に向かえば、逃げてしまう可能性がある」


 なるほど、と騎士の面々がうなずき始めた。


「では、こちらの方は?」

 騎士の一人が、アンの容姿に疑問を抱く。


 リザにアイコンタクトを取って、話してもらう。


「こちらは、アンのそっくりさんだよ。今日のためにギルドがよこした、ただの冒険者。けど、変装の名人なんだ」

「アンジェリーヌ・ブルトンです。ちなみに、王妃さまはあちらにおいでですよ」


 リザに紹介され、アンは城の最上階を指さした。



 窓から、アンらしき人物が手を振っている。



 さすがのリザも、目を丸くした。


「これより先は、少数精鋭で行きます。すべての兵士はナントで待機せよとのことです」


 いっそ、兵隊はナントに足止めをしておく。有事の際は、リザに馬を走らせ、待機中の兵士に連絡してもらうことに。


 話が決まり、リザと二人旅へ。


「誰だよ、あれ?」

「妹のイザボーよ。あれこそ、そっくりさんってね」


 妹は身体が弱く、若くして隠居した。

 教会でシスターをしているのを、アンが急遽呼び出したのだ。


 アンと近しい側近は、アンとイザボーの見分けが付く。イザボーの方が、線がやや細いだけ。

 けれども、兵士一人一人がイザボーとアンを判別できまい。王族の顔をじっくり見る機会など、そもそもないのだ。


 これにて、完全犯罪が成立する。

「悪い女だねー」

「あなたに言われたくないわよ」


 イザボーに手を挙げて返事をし、アンは目的地へと向かう。

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