カゾーラン商会

 アンは、ナントで手厚い歓迎を受ける。


「皆のものよ、ありがとう。辛い時期でしょうけれど、乗り切っていきましょう」


 口々に「大公」と呼ばれても、アンは素直に喜べなかった。市民が一番苦しいときに、一緒にいてあげられなかったからだ。


 王族がペストに感染してはならないのは事実である。


 とはいえ、アンは悩んだ。

 市民を見殺しにした自分に、大公を名乗る資格があろうかと。


 アンは、ナントの同業者組合代表と話し合う。


 彼らの働きで、街の商業は回復しつつあった。

「そうだわ。ノワールムティエ島との交流を強化するのはどうかしら?」


「いいですね! そっちの交流はあったんで。あっこはメシが美味いから、ウチのシードルが売れるんですよ!」

「つっても、うちのソバまで買ってくれるでしょうかねえ?」


 雨が多いナントは土地が痩せていて、小麦が作れない。が、ソバを植えたら育った。

 

 農民たちはソバをガレット、いわゆる薄いせんべい状にして食べる。甘味の他に、肉や魚類と合わせて口にするのだ。

 

 グダグダ文句ばかり吐く大人に辟易し、当時一〇歳ながら当主であるアン自ら、街おこしプロジェクトの陣頭指揮をとったのである。


「大丈夫よ。ナントのソバはおいしいもの。きっと喜んでくれるわ」


「ありがてえことです。大公殿」

 感謝を述べて、農民は涙を流す。

 賞賛したいのは、アンの方だというのに。


「ですが、あんまり気乗りしませんな」

「そうそう。あの商業ギルド! 偉そうに」

 商人たちが、渋い顔をした。


 事件の臭いがする。


「詳しく話しなさい」


 アンが催促すると、商人たちは「聞いてくれ」とばかりにアンへ不平不満をこぼす。


「いやね。つい最近、ノワールムティエの商業ギルドで、異動があったんです。なんでも、前にギルドマスターだった、レストランの店主が死んだとかで」


「あーあそこか。今、ニホン人が運営してるんだよな」


 アンが偵察に行こうとしている店は、やはりニホン人がシェフらしい。


「そうそう、そこそこ! で、後釜に付いたヤロウが、もう評判のワルでして!」


 名をカゾーラン商会という。ギルドマスターに就任後、やりたい放題しているのだとか。


「カゾーランのヤロウがギルドを仕切るようになってから、関税が厳しくなって。しかも、役割を果たしてねえんですよ!」


 頼んでいた道路整備はしない、品質の悪い商品を売りつけてくる。カゾーランの評判はガタ落ちしていた。なのに、未だに首が変わっていない。何か裏がありそうだという。


「気味の悪い妖術使いも、側にいるよな」

「あのジジイ、何モンだろう」


 カゾーランはいつも、薄汚い身なりの老人を引き連れているという。

 妖術でも使うのではないか、と噂になっていた。

 

 実際、彼に難癖をつけた人々は、痛い目に遭っているという。 


「調査してみるわ」

「ありがとうございます!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る