アンの里帰り
「えーっ! またお母さまお一人で出かけますの!?」
クロードが頬を膨らませた。行き先がノワールムティエというから、不満もひとしおである。
「視察ですよ、あくまでも公務なのっ」
アンが弁解しても、クロードの機嫌は直らない。
ノワールムティエ島に、バロール教団と繋がっている貴族がいるのでは、という情報が、リザから寄せられた。あくまでも噂なので、真相を確かめに行く必要がある。
そこで、自分一人が偵察に行くことにした。名目は公務である。護衛の冒険者として、リザとレオを連れていく。
娘二人を連れて行けないのは気が引けた。だが、万が一のことがあってはならない。二人にもしものことがあっては、王族としても母親としても深手を負う。
「どうせ、お一人でおいしいデザートを食べに行くのでしょう?」
「味見くらいはしますよ。多分ですけど。でもね、あくまでもご公務なの。ナントで起きた、ペストの被害を見ておきたいの」
一五〇一年にナントでペストが流行し、四〇〇〇人が死んだと聞く。
すぐにでも駆けつけたかったが、「身体に障るといけないから」と、一時帰国を拒否されたのが悔やまれた。あれから何年も経っているので、大丈夫だとは思うのだが。
「そうでございますね。でもでも、多少の苦労はガマンしますわ。デザートのためでしたなら」
クロードは、尚も食い下がった。
「わたくしだってレディですの。よその貴族さまへの礼儀は心得ているつもりですわ」
身体を反らし、クロードは胸をはる。
「あなたには学校があるでしょうがっ。今のあなたに必要なのは、マナーではなくお勉強です」
「ぶーぶー」
つまらなさそうに、クロードは唇を尖らせた。
「ホラ見なさい、ルネはあなたのようにヘソなど曲げてませんよー」
聞き分けのないクローとは対照的に、ルネはニコニコと母を見送る。
「おみやげをお忘れなく」
このヤロウ。
「ではオルガ、しばらくお城を空けます。二人を頼みましたよ」
「承知いたしました」
アンが馬車に載ると、オルガは腰を曲げた。
「行ってらっしゃいませ王妃殿下。吉報をお待ち致しております」
「おみやげをお待ち致しております」
結局、ルネはおみやげのことしか頭になかった。現金な女だ。
出発する前に、冒険者ギルドに顔を出す。
ギルドの入り口から颯爽と、金髪の女性が現れた。リザである。遅れて、レオもやってくる。二人は別々の馬に乗って、アンの馬車に並んだ。
「お待たせ」
リザは、アンにだけ聞こえる発声魔法で挨拶をしてくる。
頭を下げただけで、アンは応対した。
「彼女たちは同行者よ。私が雇いました」
今回連れて行くのは、新兵が多い。道案内役が必要だろうと、アンが冒険者の同行を申し出たのだ。
ナントを目指し、アンは馬車を走らせた。
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