アンジェリーヌを斬れ

「拙者、仏に義理はあっても、ナントとは縁もゆかりもござらん」


 移香斎は断った。確かに、仏を脅かす悪党は見逃せない。ただ、子どもが小さいウチは自分のコトだけで精一杯である。


「貴公にも、どうでもよい案件でござろう?」


「そうでもねえんだわ。ケルトの財宝は、俺も興味がある。あれはアンタッチャブルな代物だ。異教徒どもには渡せない。あんなもんが異教徒の手に渡れば、ポルトガルだって危険な目に遭う」


葡萄牙ぽるとがるに津波がくると、危惧しておるのでござるな?」


 返答がないことを見ると、図星らしい。

 葡萄牙ぽるとがるも、海に面している。

 バスコは、祖国が津波に遭うを防ぎたいのだ。


「頼む。ポルトガルの危機を防いで欲しい」

「我が剣術のこと、どこまで知っている?」


 それだけ頼み込むというなら、移香斎のことも調べているはずだ。


「お前さんが、霊刀という剣を持っているくらいかな?」


 伊勢に代々伝わる「村正」のことだろうか。

 一四〇〇年以前から伝承される鍛冶屋が作った打刀だいう。

 将来的には、恐ろしい妖刀となるに違いない。


「ところで、一つ質問だが、アンジェリーヌという女の冒険者を知らぬか? フランスで最も強いらしいが」


「その女がどうしたんだ?」


「それが」と前置きし、イコはいきさつをバスコに話した。



「んだと、女を斬れだぁ?」


 バスコが大声を上げたので、イコはたしなめる。


「冒険者ギルドのことまでは、情報が足らん。さすがに力にはなれんぜ」


「いや、かたじけない」


「それにしても、参ったな。オレもその女剣士に会ってみたかったぜ」

 バスコが苦い顔をした。


「なにか、不都合でも?」


「あと二軒か三軒、食レポしろってさ」


 ポルトガル国王は、国を挙げて世界中の美味い店を探しているのだとか。さすが、世界統一に野心を燃やす国というべきか。

 バスコにも、食レポの依頼が来ているそうだ。


「よって、お前を助けてやれん」

 その前に、もう一度イコの料理が食べたくて、バスコは店に来たという。


「拙者はサムライ。自分の身は自分で守れるでござる」


「いい意気込みだな、イコ。だが、あまり考え込まない方がいいな。ドンと構えていたら、向こうからやってくるさ。その時に相手を見極めりゃいい。誰かの噂より、自分の直感を信じなよ」


 男らしい意見だ。悪くない。さすが、恐れず刺身を口にするだけある。


「心得た」


「んじゃな。ごっそさん。ここは、星三つな」

 銀一枚を置いて、バスコは退店した。


「おっとお、お塩は?」

 塩のツボを持って、ローザが駆け寄ってくる。


「いらぬ」

 プッと吹き出し、イコはローザの頭をなでてやった。

 妻と子だけでも、せめて守らねば。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る