バスコ・ダ・ガマ

 あれから七年経ったか。

 移香斎は店を継ぎ、今ではコックが板に付いてきた。知る人ぞ知る名店として、店は細々と続いている。


 日本は恋しい。が、陰流は弟子の上泉かみいずみが引き継いでくれるだろう。


 娘のローザも生まれ、レストランも順調だった。


 店に来た客の噂で、バスコは無事にポルトガルに着いたとの報を聞く。


 その直後、バスコ本人が店に食べに来たときは驚いた。自分と同じ三〇代前半の男が、デンと大股開きでテラスのイスに腰を据えている。


「いやー、死ぬかと思ったよー」と、本人はケロッとしているし。

「ホタテのパンケーキちょうだい」


「承知」と返答し、イコは厨房へ。


「いらっしゃいませ」


 入れ替わりに、娘がガマにお茶を出した。ローザはもう六つになる。


「おじょうちゃん、お名前は?」


「ローザなの」


 イコの幼名「太郎左衛門たろうざえもん」から取ったものだ。


 皿を持って、ローザとガマの間に割って入る。


「口説くなよ」

「そんな趣味はねえよ」


 バスコは、こちらが用意したパンケーキを口いっぱいに頬張った。まるで何日も食べていないかのように。


「遠くふらんすへ飛ばされたというのに、えらく呑気でござるな」


「いーのいーの。ポルトガルには顔出してきただけだから。コショウさえ無事に持って帰れたんだし。王様も大満足だったぜ」


 言いながら、ガマは黒コショウを、惜しげもなくパンケーキのホタテに塗りたくる。


「貴重品でござろう?」

「いいんだよ、誰も見てねえし」


 黒コショウを塗ったホタテを一気食いし、バスコは移香斎の袖を引く。


「それよりイコよぉ。オレらがワープした原因が分かったぜ」

 バスコは、移香斎のことをイコと呼ぶ。


「興味はござらん」

「まあ聞けって。どうもな、津波にはバロール教団ってのが絡んでいるらしいんだ。そいつらを探してて、今までかかっちまった」


 バロール教団の噂は、移香斎の耳にも入っていた。世界各国の美術・芸術品を狙う教団の目にとまらぬよう、愛刀は厳重に保管してある。


「バロール教団なるもの共の目的は?」

「分からねえ。何かを召喚するつもりなんじゃねえの? それか、津波を起こしてフランスをぶっ潰す魂胆か」


 生魚を敬遠する客がいる中、バスコは刺身も気にせず食べる。こちらに塗るのはショウガだ。


「仇のケルトなら愛蘭あいるらんどが本場であろう? なぜふらんすなどを目の敵みたいに」


「フランスのナント地方にも、恨みがあるらしいぜ。そっちにも、ケルトの伝承が残っている」


 ユリウス・カエサルに占領される以前、ナントはケルト人が定住していたらしい。


「で、拙者に何をせよと」


「いざとなったら、ナントを助けてやってほしい」

 テーブルに、ガマは頭をつけた。


「どういう了見か?」


「ナントってのは、今のフランス王妃の故郷なんだよ。フランスに恩を売っておきたいって、ポルトガルの王様がな」

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