明応地震

 一四九八年、九月のこと。


 愛洲 太郎左衛門尉たろうざえもんのじょう 久忠ひさただは、堺泉州にいた。明へ向かう準備のためである。


 明の武芸に興味を持ったからだ。明で修行し、剣術の見識を広めたいと、強く思っていた。


 しかし、大きな波に遭って、移香斎は海に投げ出されてしまう。同じように立ち往生していたポルトガルの船に拾われる。


 船乗りは、名をバスコ・ダ・ガマといった。


「インドからへポルトガル帰るついでに、日本を訪れた」と語る。

「参ったなー。ノリと勢いでジパングまで流れてきちゃったわー、てへぺろ」と、ガマ本人はおどけていた。


 おおかた、本物のアジアを見つけようとしているのだろう。コロンブスがアジアだと思ってあめりかを見つけたので、仕返ししようと考えているらしい。


 自分の船が潰れてしまった移香斎にとっては、文字通り渡りに船である。言葉に甘えて、移香斎はガマの船に乗った。これで日本に帰れると思って。


 その瞬間、明応地震が発生する。


 明応地震を現代風に言い換えると、「南海トラフ地震」と呼ぶ。


「ぎゃあああーっ、日本で死んじゃうー。異世界転生すりゅー」


 ガマと同様、津波に飲まれそうになった。


 そこで、移香斎は目撃する。


 暗黒を更に墨で塗りつぶしたような、真っ黒い巨大な瞳を。


 ただの地震ではない。何者かが人為的に起こしたのだ。

 

 しかし、それを確かめる術はなかった。移香斎の身体は、波に飲まれることなく、不思議な力によって難を逃れた。

 

 決して、あの暗黒の瞳にやられたのではない。もっと優しい温もりがあった。今でも正体は分からないが。

 

 目を覚ますと、フランス漁船の網に引っかかっていた。日本とはまったく違う土地に着いている。島の名はノワールムティエといった。


 現地の暦表を見せてもらう。一四九七年九月二四日だった。たった三日しか経っていないではないか。フランスは、明からでも歩いて三年はかかるというのに。


 傭兵の当てもない平和な街で、移香斎は剣術の腕を持て余した。ちょうど、知り合ったレストランの娘がコックを探しているというので、腕を振るう。


 店長の娘マチルドは、移香斎をイコと呼ぶ。それにちなみ、自身をイコ・アイスと改名した。語学勉強と称して、逢い引きすることも。


 イコはレストランで働きつつ、英語と料理を覚えていく。


 刺身などの生魚を使った料理は受けなかったが、焼いた魚介をパンケーキに載せたら繁盛した。赤インゲンを使ったデザートも、婦人たちの間で評判となる。


 店長が亡くなって、本格的にシェフとして店舗運営を始めた。経理と店の外観は妻が、仕入れと料理は自分が担当している。


 娘のローザも生まれ、レストランも順調だった。



 だが、移香斎の腕を見込んで、悪徳貴族が店に出入りするように。


「とある冒険者を斬って欲しい」というのだ。

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