クラウ・ソラス 発動!
魔物はさきほどの大男より大きく、力も強い。その姿は、大型のヒヒのようである。これだけの存在感があるなら、もっと早い段階で気づけたはずだ。
腕の自由が利かず、アンはもがく。
「アン!」
リザが魔法を唱えようとしたが、レオが立ち塞がる。
「どきな!」
「なりません! 今魔法を撃てば、アン殿に当たってしまいますぞ!」
魔物は、アンを盾代わりにして、リザの動きを封じていた。
下手に動けば、魔物が美術品を破壊しかねない。
どこから、この魔物は沸いてきた? 見当も付かなかった。
魔物の足下を見て、アンは気づく。
伯爵の死体がなくなっていた。炭の跡だけが残っている。おそらく、伯爵は魔物として再生させられたらしい。
そんな怪しげな芸当ができる存在は、フランスを探しても一つしかない。バロール教団だ。
「私は平気よ! こんなもの!」
持ち前のバカ力で、アンは魔物の手を振りほどく。ヒヒの腕に蹴りを入れて着地した。
ヒヒの魔物も、何が起きたか分からない様子である。
「今なら!」
リザは手の平から稲妻を放った。
雷光は、間違いなくヒヒの心臓をとらえる。
しかし、ヒヒはピンピンしていた。焦げた胸毛をポリポリとかいているだけ。
「あんなの、どうすんのさ。並の魔法じゃ、手も足も出ない!」
「じゃあ、こうするまでよ!」
アンは、大剣を片手で構える。
力でねじ伏せることは可能らしいが、それでこの怪物を倒したことになるのか分からない。魔物相手には、魔物を斬れる武器が必要だ。
アンは、剣を持っていない方の手で、髪をなでる。
「邪悪な力を払う武器なら、ここにあるわ!」
ボブカットの髪から、アンは髪飾りを外した。
末端に施されたアヤメ、「フルール・ド・リス」の意匠は、槍を思わせる。
アンは髪飾りを握り混んだ。手の平をアヤメに突き刺す。真っ赤な血が、アンの手ににじむ。
「聖剣よ、その力を、我が前に示せ!」
大剣の表面に、血に染まった手の平と髪飾りを滑らせる。
髪飾りが、刀身に彫られたくぼみに収まった。
刀身が、青白い光を放つ。
アンの大剣が正体を現す。
「あれこそ、ケルトに伝わる伝説の剣、クラウ・ソラス!」
レオが、アンの剣が持つ真の名を口にした。
「なるほど、ケルトの血を引く者にしか、あの剣は扱えないのですぞ!」
「つまり、アンはケルト人の末裔ってこと?」
「アン殿というか、ブルターニュの一族が、でしょうな!」
クラウ・ソラスが、本来の姿を取り戻す。
これから自らに待ち構える未来を、ヒヒは予測したらしい。決死の形相でアンに襲いかかった。
突きの姿勢に構え、アンがヒヒの怪物へ突撃する。
「今度こそ、成敗する!」
ヒヒの眉間に、クラウ・ソラスが突き刺さった。
アンが、光の剣を引き抜く。
ヒヒの表皮から青い炎が燃え広がった。草木に引火することなく、ヒヒだけを焼き尽くす。
全身を燃やし尽くし、今度こそヒヒは消滅した。
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