余の顔を忘れたか!

「アン! 一人で来たの?」

「ずいぶんな話じゃない、リザ? ウソを教えるなんて」

「あたしは、あんたがあたしたちの骨を拾ってくれれば」

「気持ちは分かるわ。少数で太刀打ちできないってことは。けれども、もう少し仲間を信頼してもよかったんじゃないかしら?」


 言ってから、アンは城壁から飛び降り、見事に着地する。五メートルの高さから落ちたのに、痛む素振りすら見せない。



「誰テメエ?」

「口の利き方に注意しなさいよ、エチエンヌ伯爵」

「んだとぉ?」


 凄まれても、アンは微動だにしない。ズイ、と伯爵に迫る。




「伯爵、余の顔を忘れたか!」



 BBA~ン! 


 という効果音でも鳴りそうなシチュエーションだ。



 アンに言われて、急に伯爵が驚きの顔をした。

「お、おおおおお、王妃殿下っ!」


 突然、伯爵がひざまづく。自分の服が汚れることも構わずに。


「大公様!」「殿下だと!?」「どうしてこんな場所に!?」

 伯爵に続いて、兵士たちも、次々と平伏し始めた。 


 先にひざまづいているレオが、リザの服を引っ張る。

 しゃがむように催促した。


「なんだいレオ。それに、妃殿下って?」

 ワケが分からないリザに対し、レオが苛立つ態度を見せる。


「ご存じないのですか? 彼女はルイ一二世の妃殿下である、アン・ド・ブルターニュ様です。同時に、女性でありながらブルターニュ地方の領主もなさっておいでなのですぞっ!」


 アンの正体を知って、慌ててリザはかしずいた。


 まさか、アンが王妃殿下だったなんて。


 王妃が一人でパリをパトロールしていたとは、夢にも思っていなかった。


 貴族は国民を石ころ程度にしか認識していない。王妃だって例外ではないと決めつけていた。

 アンのことだって、単なる子持ちの未亡人だろうと思っていたのだが。


 まさか、フランス国王の妃だったとは。


「あんた、知ってたね?」

「とっくにご存じかと思っていたんです」


「知らないよっ。フランスなんてめったに来ないもん」

「そうでしたね。ワタシはしょっちゅうルイ一二世に呼び出されていたので存じ上げていました。もっとも、ワタシもさっきアン殿に言われて思い出したのですが」

「ダメじゃん!」


 とはいえ、王妃がここにいると言うことは、自分たちしがない平民の訴えが、国に届いたわけだ。絶対に届くわけがないと思っていたのに。

 アンに感謝しなくては。 


「エチエンヌ伯爵、数々の悪行、見過ごすわけにはいかぬ! その場にて首をはねる!」


「ええい、お前のようなババアがいるか~! ものども、斬り捨ててしまえ~! 殺してしまえばたたのババアだ~!」


 どうにもならないとヤケになったのか、伯爵が息を吹き返した。


抹殺チュエ~!」

 アンを指さし、伯爵が兵士たちに号令をかける。

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