エチエンヌ伯爵

「何をおっしゃいます殿下!」

 憤るダカン夫人をおさえ、アンは言葉を続けた。


「フランスに住む貴族の一人がフランスを脅かす計画を立てているのですよ! それでも見て見ぬ振りをせよと言うのですか? 夫を死に追いやろうとしていても、放置せよと、あなたはおっしゃるの!?」


「それは……」

 オルガも言い返してこない。


「夫がいない間、私にはフランスを守る義務があります。悪徳貴族の狼藉を許すわけにはいかないわ。ましてや、私利私欲のためにフランスの文化を売るような傲慢貴族など、のさばらせてはおけないわ! やがてその病巣は、フランス全土にまで及ぶ。いくら夫がイタリアに勝利しても、フランスが死に体ではどうにもならなくてよ!」


 アンの決意に対し、ダカン夫人オルガはため息でこたえる。

「そこまでのお覚悟がおありなのでしたら。承知いたしました。このオルガ、微力ながら協力させていただきます。ただし、悪徳貴族だけですよ! 面妖な輩が相手では手を貸せませぬ」


「心得ています、ありがとうオルガ」

 世話になっている彼女にウソをつくのは、忍びない。


「して、エチエンヌってどういうヤツなの?」


 聞けば、エチエンヌはフランスどころか、ヨーロッパじゅうの芸術品や骨董品などをかき集めているらしい。転売目的で、それをオークションにかけているという。しかも、フランスを貶めるために使われていることを知りながら。私利私欲のために。


 フランスだけでなく、芸術を愛する人々を冒涜した所業だ。


「根城は分かる?」

「元々はパリ在住でした。現在の住居はクラマール地方です」


「あそこ? ただのマメ畑じゃないの」


「それが、エチエンヌが買い取って以降、急激に発展しました。今では新しい都市となっております。しかも、二週間ほどで」


 妙だ。都市化するにしても、普通はもっと緩やかに変化するはず。それが半月もしないうちに城が建ち、都市になった。


「なにかよからぬことを企んでいるのではないかと、調査隊を派遣したばかりでした」


「結果は?」


 アンが聞くと、オルガは首を振る。

「私兵が一人、セーヌ川に浮かんでおりました。オークションの日時を記した紙を持って。他のモノは、連絡が途絶えております」


 ますます怪しい。


「乗り込んでくるわ」

「およしになってください! 王妃に万が一のことがあったら」

「今すぐじゃないから慌てないで。頼れる相棒だっているわ」


「ですが、オークションは今夜だと!」


 耳を疑う情報が、オルガの口から出てきた。


「今なんて言ったの? オークションって今日なの?」


「はい。メモにはそう書かれておりました」


 レオとリザは、アンを信じていなかった!?

 いや、信じてくれたのだ。

 自分たちがしくじったら、遺志を継いでくれると。


「あのバカ!」

 アンは剣を掴んだ。

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