アン、貧民街へ
行き先は、だいたい見当が付いている。
貧民街の闇市だ。
道は整備されておらず、辺りから漂う空気はあまりいいニオイとは呼べない。
ハンカチで顔を覆いつつ、人混みをかき分ける。
案の定、少女はそこにいた。少女は、取り引き先の大男と交渉をしている。
「傷ひとつ付いてない高級品ッスよ。銅貨一〇枚ぽっちとかおかしいッスよ」
「うるせえなガキが!」
大男が、拳を振り上げようとした。
「ちょっといいかしら?」
アンは、男の手首を掴む。
「いででで! なにしやがる」
男は振り払おうとする。
アンは乱暴に、男の手首から手を放す。
「それは、私が買うわ。その取り分をあなたにあげましょ。それで勘弁してちょうだい」
外套のポケットに手を突っ込んで、アンは銀貨を一枚、少女に放り投げる。
手に収まった銀貨を見つめ、少女は何が起きたのか分かっていない風な顔になった。
「行きましょ」
「おい、それだとオレの取り分がねえじゃねえか」
「じゃあこれを持って行きなさい!」
アンは小さな銅貨を、男の鼻の穴に突っ込む。ダメ押しで鼻を小突いてやった。
「いでっ! こんちくしょう!」
「ただ働きじゃなかっただけ、ありがたいと思いなさい!」
アンは少女の手を引く。「逃げるわよ」と、少女にささやいて。
手を引っ張られながら、少女はアンについていく。その顔は、清々しいほどに笑っていた。
ある程度まで進み、「ちょっといいスか」と少女がアンの手を引く。
「どうしたの?」
「アタイ、ジャネット・カプロッティってんスよ、アタイの家族を紹介するッス」
ケヘヘと、ジャネットが白い歯を見せた。
今年で一七歳だという。目が糸のように細い。目が開いているのか分からないくらいである。猫背を矯正すれば、オルガよりも背が高いだろう。
「もっと小銭はありませんか? この銀貨はお返しするッス」
周囲から見えないように、銀貨をアンに返す。
「不満なの?」
「こんな大金をアタイが持ってるって周りに知れたら、きょうだいたちが何をされるか分からないので」
そんなにも危険な場所に、ジャネットは住んでいるのか。
「無配慮だったわ。じゃあこれだけ」
アンは少額の銅貨をジャネットに与える。
銀貨と一緒に。
「いいんスか?」
「それはもう、あなたのものよ」
ジャネットは「すんません」と言い、屋台へ飛んでいった。
「毎度」
屋台でソーセージを三本だけ買い、ジャネットは裏路地へと進んだ。
裏路地までついて行くと、段々人気がなくなっていく。薄暗い道は不気味だが、不思議と危機感は感じなかった。
行き止まりには、六人の幼い男女が。お互いを温め合うように固まっている。彼らが、ジャネットの言うきょうだいたちであろう。
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