パンケーキに思いを馳せる

「ちゃんとお勉強なさい。そしたら考えないでもありません」


 二人はまだ幼い。目の届く範囲で育てていく必要がある。


「約束ですよ。もう敷地内だけでお花とお話しするのはうんざりです」

「お庭で遊ぶの飽きたー」


 どういうわけか、今日の二人は聞き分けが悪かった。

 イヤイヤ期など、とうに過ぎているだろうに。


「どうしたの、二人とも? いつもはそんなにグズらないでしょ?」


「実は、妙な噂を耳にしましてですね」


 またか。クロードはいつも変な情報を、小学校の学友から聞いてくる。


「なんでも、ノワールムティエ島に、海鮮を使ったパンケーキを出すお店がオープンしたんですって」


「パンケーキ!」

 魔性の単語に食いつき、ルネがはしゃぎ出す。


 学友によると、その子は焼いたホタテやエビを、パンケーキと一緒に食べたという。濃厚なシーフードのうまみが凝縮され、天にも昇るウマさだったとか。


「その経営者が、どうもニホン人らしくて!」

「ニホン人?」


『東方見聞録』でいうところの「ジパング」の住人だ。


 フランスにまで、日本人が流れ着いたとは。

 さすが大航海時代と言うべきか?


「うんとね、ニホンに地震が来たって」

 理由については、ルネがクロードの代わりに答えてくれた。

「でね、おうちが津波に遭って、帰れなくなっちゃったんだって」


「そうなのね。教えてくれてありがとう、ルネ」


「えへへ」

 頭を撫でると、ルネは微笑んだ。


 確か、謎の大地震が日本を襲ったというのは、聞いたことがある。航海士の話では、日本を目指していたフランスの船も、被害に遭ったらしい。 


「アンコとかいうお菓子も出すんだとか! 一口食べましたら、それはもう、お豆で作ったとは思えないほど、とても甘いそうです! パンケーキに塗ってもおいしいのですって!」

 興奮したクロードが、虚空を見上げる。きっと未知の甘味に心を躍らせているのだろう。


「それは、食べてみたいわね」

 

 ノワールムティエ島といえば、ナントから七〇キロ先である。

 徒歩で一六時間の距離だ。

 ただ、パリからだと五〇〇キロである。馬車を使っても四日は掛かってしまう。


 クロードに話すと、「えー」とイヤな顔をされた。


 もし行くなら、ナントへ里帰りする頃に寄ってみてもいいかも。


「ささ、お勉強を再開なさって。明日試験でしょ?」


 アンが急かすと、ソファでくつろいでいたクロードがガバッと立ち上がった。


「いっけない! じゃあお母さま、約束ですわ!」

「はいはいノワールムティエね。分かりましたよ」


 念を押してから、クロードが教科書を開く。

 クロードのマネをしてか、ルネまでもが勉強机に向かう。


 行く用事があればいいのだが。

 今度、閣下に聞いてみよう。

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