クロードとルネ

 アン・ド・ブルターニュは、愛する娘たちの部屋に忍び込んだ。


「塩パンが用意できましたよー」


 両手剣を振り回していた女傑が、もう母親の顔になる。


「わーい。いただきまーす」

 二人の娘が、自室でこっそり塩バターパンを食べ始めた。


「おいしいです、お母さま」

 姉クロードが、愛らしい笑顔を見せる。この子は先日、小学校に上がったばかりだ。その記念として、特別に買ってきた。


「お母さま、だいすき」

 妹のルネが、小さな口で大きなパンをほおばる。自室の祭壇にあるお皿に、パンを千切ってポンと置く。

「天国のおにいちゃんとおねえちゃんにも、おすそ分け」

 そう言って、ルネは顔も見たことがない兄弟姉妹に祈りを捧げる。


 ルネの隣で、クロードも、手を重ねた。


 二人とも優しい子だ。


 前の夫であるシャルル八世との間に、子どもはいない。

 六人いたが、全員が天に召されてしまった。


 ルイ一二世との間の子も、生き残ったのはクロードとルネだけ。男の子はいなかった。


「ささ、お祈りが終わったら、また食べましょう」


 子どもたちの笑顔を見るのが、アンにとって唯一の安らだ。

 クロードとルネの笑顔を守ること。

 これが自分に課せられた使命である。

 もう、ずっと見ていたい。


「本当に美味ですわ。これだけの脂分を摂りますれば、お母さまもさぞ若返ることでしょう。人妻に悪い虫が付いて大変になるかも」


 このクソガキ。


「ところでお母さま、どちらにいらしていたの?」


「え?」

 クロードの問いかけに、アンは固まる。


 アンの外出は、メイドと二人だけの秘密だ。我が子などに話せば、きっとついて行きたがるから。


「こ、公務ですよー」


「お召し物が土で汚れていましてよ」

 クロードが、自分のハンカチを使って、アンの裾に着いた泥を落とす。


「そ、そうですわねー。どこでついたのかしらね?」


「泥で汚れるような公務でしたの?」

 めざとく、クロードが質問してきた。


「き、貴族さまの花壇を触らせてもらったのよー。ほら、近くにバラを植えてらっしゃる方がいらっしゃるでしょ」


「それは庭師のお仕事でしょ?」


 キミのような勘のいいガキは嫌いになっちゃいますわよ、なんて言わないでおく。


「そのお礼として、塩パンをいただいたのですよー」


「ふうん」

 なんか、クロードが冷めた目をしている。


「まあ、結構なことですわ。わたくしも、お母さまを見習おうと思います」


 素直な子に育った。子どもはこうでなくては。

 クロードは将来、立派な子に育つだろう。


「で、今の時間の倍ほど、外出の許可を」


 やっぱりクソガキだ!

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