ヴァレンタイン…【1】

 

【1】特訓


 剣を手にする快斗。


 内心…イライラしていた。


 ふざけやがって。


 コレは、快斗の本心であった。


 最も、マリアから言わせれば、カイトのフリをしてくれと頼み、それを了承したのは自分自身かいとなのだから、文句を言われる筋合いはない。


 何故、睨みつけるような眼差しでコチラを見てくるのか?


 ソレが、不思議でたまらなかった。


 快斗もまた、自分が了承したのだからと思っており、稽古をやめようなどとは言えずにいる。


「なあ、快斗」


 仕方なく、声をかけるマリア。


「…何だ」


 返ってくる返事は重い。


「殺気を込めるのは結構な事だが、目的を誤るなよ。いいか?コレは稽古だ」


 ーーーーふざけんな!!


 右手に持った剣を上段に構え、快斗は走り出す。


 剣道で例えるのであれば、メーン!!と言ったところか。


 無論、両手ではなく片手でだ。


「ふー。やれやれ。仕方ない」


 やる気になるのはいい事だ。


 快斗の攻撃を防ぐべく剣を横にして、顔の前に突き出すマリア。


 キィーン!!と、剣と剣がぶつかる音が静かな森の中に響き渡った。


「はあーー!!」


 と、お腹に力を入れ、剣を前に押し出すマリア。


「チッ!!」


 力負けをしてしまい、ザザーッという音をたてながら、地面後方へと滑る快斗。


「決して熱くなるな。どんな時でもだ。冷静になって、相手を良く見ろ!!熱くなればなるだけ、死ぬ事になるぞ!!」


 ーーーーうるせぇーよ!!


 付き合ってられるか!という思い。


 チャンバラごっこに、稽古などいらないだろうがという思いと共に快斗は再び走りだす。


 死ぬって何だよ!という気持ちが、この時の快斗の脳裏には確かにあったのだ。


 ーーーー上が駄目なら横!


 右手に持った剣を地面に向ける。


 相手との距離の間隔をつかむ為にと、左手を前に突き出しながら走り出す。


 すると。


「……!?」


 それを見たマリアは、大きく後ろへと跳躍する。


 体操選手もビックリするほどの跳躍。


 ーーーーな!?


 当然、快斗も驚きの声をあげる。


「ふ、ふざけん…な」


 少しの間ができてしまったのは、戸惑ってしまったからである。


 オリンピック選手でもまず、あり得ない跳躍。


 いや、動物の世界で例えるとしたならば、これほど大きく後ろに跳躍をする生き物など、まず存在しないのではないだろうか。


 快斗がそんな事を考えているとは、当然マリアは気付かない。


「いい加減にしろよ」


 鋭い目つきと共に、返ってきたのはそんな言葉であった。


 睨まれた快斗は、ゴクリと喉を鳴らす。


「仕方がない。少々荒っぽくなってしまうが、先に仕掛けたのは快斗。お前だからな…」


 快斗は確かに、仕掛けた。


 だからと言って、なぜそんなに睨まれなくてはならないのか。


 しかしそれは、直ぐに分かる事となる。


「ウインドブレイカー」


 そう唱えると、剣に小さな竜巻みたいな風が絡みついた。


 剣だけではない。


 マリア自身にも絡みついていく。


 ーーーーーーえ?は?はぁぁ??


「気を抜くなよ?」


 バッ!と、目の前の剣を右斜め下へと振り落とすマリア。


 それだけで、ブワッと強い風が吹いた。


 左腕を頭の辺りにもっていき、風から目をガードする快斗。うっすら開けた目から見える先には、ニヤリと笑うマリアの姿が見える。


「まさかお前が、だったとはな」


 ーーーーーーま、魔法?剣士?ちょっと待て!


 タイムと声をかけようとする快斗だったが、時既に遅し。


 マリアの姿が消えた。


 一筋の光。


 それは、銀色に輝く剣の光である。


 まるで流れ星のような光を、快斗は無言で見つめていた。


 ドカ!!


 という音。


 イテッ!?


 という痛み。


 気づいた時には、目の前には地面が見えている。


 ズザザザザーー。と、音をたてながら地面を滑る快斗。それに対し、マリアは右手を真っ直ぐ快斗に向けながら、新たな魔法を唱えた。


「ウィンドブレス」


 快斗が滑り終わる地点に魔方陣が形成され、快斗の身体が触れると、地面、いや、魔方陣から強烈な風が発動される。


 ーーーーなっ⁉︎


 ブワッと、その風を受けた快斗は、一気に上空へと吹き飛ばされた。


 ビルの高さで例えるのであれば、高さ2階ぐらいである。


「タ、タンマ!タンマ!!」


 洒落にならない高さ。


 打ちどころが悪ければ、死んでしまう。と考えた快斗は、マリアに休戦を申し込む。


「……⁉︎」


 しかし、白旗をあげる快斗を待ち受けていたのは、マリアの鋭い蹴りであった。


 具体的には、マリアが先ほどと同じ魔法を地面に放ち、自らがそれを土台にして快斗よりも高く跳躍し、かかと落としを繰り出してきたのであった。


 ドカッ!と、背中に強い衝撃を受け、上空からゆっくり落下していた快斗は、加速しながら落下する羽目になる。


「タ、タンマって、言っただろ!!!」


 カイトのフリをする事すら忘れ、快斗は地面に衝突した。


 ーーーーあぁ。親父、お袋…親不孝な息子を、どうか許してくれ。


 薄れゆく意識の中、死を覚悟した快斗は、そんな事を思っていた。

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ロスト メモリー 記憶を失った勇者さま 伊達 虎浩 @hiroto-

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