第2話 マリア・ヴァレンタイン【1】


【1】マリア・ヴァレンタイン


 マリアからの提案と条件は、何とも言えない話しであった。


 ここにいてもいいが、いるなら勇者であるアイツのフリをしばらくして欲しい。という提案と条件。


 むしろ、ここにいて、アイツのフリをしてくれないか?と、聞こえるのは気の所為だろうか。


 行く宛のない快斗からしてみれば、確かに素晴らしい条件なのだろう。しかし、勇者という単語に、ツッコまずにはいられなかった。


「あ、あの…勇者ってまさか、あの勇者ですか?」


 RPGゲームでの定番中のキャラ。


 世界を救う為に立ち上がった勇敢な者。


 それが、勇者という者である。


「うん?勇者とは勇者だよ」


 と、返事を返すマリア。


 料理人とは料理人だよ。みたいな感じで言われても…と、快斗は心の中で呟いた。


「つまり、魔王を討伐する…的な?」


 勇者とは本来そういう役割(宿命)を持っている。外国ではそういったのが流行っているのだろうか?と、快斗は思った。


 というのも実際、色々なものが流行っている現代。


 例えば、サバゲーと呼ばれるスポーツは、おもちゃの銃で対戦するスポーツであり、日本でも根強い人気を誇っているスポーツの一つである。


 他にも、忍者スクールというちょっと変わったものもあり、手裏剣の投げ方を教わり、実際に投げてみたり、竹の中心をくり抜き、水の中に沈んで、その竹を使って呼吸する体験だったりと、昔からしてみれば、考えられないものが流行っている時代なのである。


 その為快斗は、ここは外国でマリアは外国人であり、マリアがアイツ、アイツと連呼する人物も外国人で、勇者の何かしらが、海外では流行っているのだろうと考えたのであった。


 魔王を討伐的なって何だよ 笑。と、内心思ったが、流石に笑えない。何故なら、マリアの正体が、誘拐犯の可能性が残っているからである。


 勇者って笑笑。などと馬鹿にして、殺される何て馬鹿な話しがあってたまるか!とは思うものの、何かあってからでは遅い。それに、マリアの言い分には、否定できない部分が確かにあるのだ。


 行く宛もなく、連絡手段もない異国の地。


 さて、他の人ならどうするだろうか。


 自分なら。と、快斗は考える。


 ここはとりあえず、話しに乗るべきではないだろうか?相手も人間だ。四六時中、一緒という事もないだろう。


 隙をみて、何とか連絡をとるか、または、警察に助けを求めるべきではないだろうか。


ーーーーとなると、何だ?ポリスか?


 日本なら警察。アメリカならポリス。さて、ヨーロッパとかなら、何と呼ぶのか。


ーーーーこんな事になるなら、ちゃんと授業を受けるべきだったか。


 などと、考える快斗。


 そんな快斗に対しマリアは、不思議な返事を返してきた。


「ふむ。どうやらその辺の事も忘れてしまっているようだな。どれ、話しは食べ終わってからにしようか」と、提案してきたのであった。


 快斗に異論はない。


 あれこれ悩むより、よっぽど早い話しだろう。


 おかわりしたい気持ちをグッとこらえ、マリアに続くように食事を完食するのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 ご飯を食べ終わり、食後のコーヒーを飲む二人。


 ふー。と、一息つき、マリアが口を開いた。


「さて、快斗。私の考えを聞いてもらってもいいだろうか?」


「…はい」


 カタ。コト。と、お互いがマグカップをテーブルに置いた。


 見つめ合う二人。


「君は、記憶の一部を失っていると思われる」


「……!?き、記憶、ですか?」


 そんな馬鹿な!!と、思うものの、きっぱりと否定できない快斗。先ほどの頭痛。それが、一番の理由であった。


「そう。記憶だ。なあ快斗。私の名に、本当に聞き覚えはないか?噂でも何でもいい」


「……と、言われましても」


 超がつくほどの美人であるマリア。


 もしも同じ大学に通っていたならば、ミス〇〇に選ばれること間違いなしの美貌。


 いや、選ばれなかったとしても、一週間もあれば、嫌でも耳にしてしまうことになるだろう。


 男子のネットワークとは、女子とは違い、一週間もあれば耳に届くのだ。ちなみに、女子のネットワークは3日とかからない。実に恐ろしいネットワークなのである。


 閑話休題終わりとにかくだ


 快斗はマリアの事を知らないという話しである。


「…やはりそうか」


「そんなに有名な方…何ですか?」


 そこまで真剣な表情で何度も聞かれると、自分の考えが間違っているのかと思いたくなってしまう。もしかしたら芸能人か何かなのか?と、考える快斗であったが、先ほどの短剣での脅しといい、それはないだろうと結論付けた。


 となると、残すは指名手配犯…ということになる。


 快斗の質問に少しの間が出来てしまったのは、これ以上踏み込んでいいのかと、躊躇したからであった。


「それが答えだよ」


「は、はい?」


「その返事が、君が私を知らないという答えだということさ」


「は、はぁ…」


 快斗の質問には答えず、マリアは記憶を失っていると思う理由を説明しだした。


「君は、両親や妹たちの名前は言えたね」


「は、はい。まあ、長い付き合いですから」


 人の名前を忘れる事はあっても、家族の名前だけは忘れないだろう。


「それは、おかしいとは思わないか?」


「え?おかしいですか?家族ですよ?」


「ふむ。順を追って説明していこうか」


「お、お願いします」


 ペコリと頭を下げる快斗。


 カタ。と、マグカップを手に取り、口に運ぶマリア。一口、二口と、コーヒーを口に含んだ後、カタ。と、マグカップをテーブルに置いた。


「君は言ったね?気づいたら知らない場所に立っていて、知らない人達に囲まれ、いきなり試合をさせられたと」


 その通りである為、はい。と、返事を返す快斗。


「それが、今から二日前の話しだ」


「そ、そう…ですね」


「二日前の前日。つまり、三日前の事を私が尋ねたら、君は頭痛に悩まされてしまった」


「は、はい。思い出そうとしたら、突然、頭が痛くなってしまって…」


 ここまでは、間違いがない。


 訂正する事もなく、快斗は口を開く。


「では、両親の名前や妹たちの名前は、なぜ言えたのだろうか?」


「へ?」


「うん?だってそうだろう?三日前からの記憶がないのであれば、両親や妹たちの名前が言えるのはおかしいではないか」


「おか…しい…ですか?」


「ああ。おかしい。なぜ覚えているのか?君は言ったね?長い付き合いだから。と」


「はい」


「つまり、子供の頃の記憶や、妹たちとの思い出などを、君は覚えているということなのだろ?」


 そう言われ、昔の事を思い出す快斗。


 頭痛もなく、色々な思い出が蘇る。


「そして、肝心な部分だけを君は失ってしまっているのだよ」


「肝心な部分?」


「そうだ。あの日、なぜ君はあそこに居た?カイトから頼まれたからではないのか?」


「それは……うっ!?」


 思い出そうとすると、頭痛が酷くなる。


 目も開けていられないほどの痛み。


「…い…いと。快斗!!」


「はっ!?」


 バッと顔を上げる快斗。


 走ってきたのか?と思いたくなるほどの汗をかいていた。


「すまない。無理に思い出させようとした訳ではないんだ」


 スッと手渡されたタオルを手に取り、お礼を告げる快斗。


「長くなってしまったね。つまり、アイツが帰ってこれば、君の記憶も戻るんじゃないかと、私は思うんだよ」


「記憶…」


「そうだ。本来であれば、アイツがあそこにいるはずだったんだ。しかし、アイツではなく君が居た。アイツは逃げ出すようなヤツではない。そんな風に育てたつもりもないしな」


「つまり俺は、その人に会っていると、言いたいんですね?」


「そうだ。この私が見間違えるほどなのだから、他の人が見間違えてしまっても仕方がないだろう。君はアイツから頼まれ、あそこに立っていた可能性が高い。だから、アイツが帰って来て、真実を知れば、きっと記憶は蘇るハズさ」


 マリアの仮説を聞き、快斗は考える。


 三日前の記憶が、確かに無くなってしまっている。いや、四日前はどうだ?五日前は?いつからの記憶が無くなっているのだろうか?


 ズキズキと頭を締め付ける痛み。


ーーーーダメだ。分からない。


 痛みに耐えきれず、快斗は考えるのをやめた。


 となると、マリアの言い分を否定する事は出来ないだろう。


 訳も分からないまま、あの場所で、色々な人達に囲まれていたあの状況。あそこから記憶がスタートした。ならば、アイツと呼ばれる人が何らかの関わりを持っていて、解決手段もその人が握っている可能性は充分ある。


 帰る方法はない。


 しかし、マリアには悪いが、帰る場所は解っている。


 だが、記憶を失ったまま、帰っていいものなのだろうか。


 覚えていない記憶の中に、大事な何かがあったらどうする?


 例えばだ。


 ここは海外なのは間違いがない。


 海外に行くには当然、パスポートにお金が必要である。


 それは、誰が出す?両親だ。


 つまり、家族旅行に来ていて、記憶を失っての遭難。そうだった場合、どうだ?


 そこまで考えようやく、全てのピースが揃った気がした。


ーーーーとなれば、マリアの言い分に間違いはない。


 記憶を蘇らせる。もしくは、両親が捜索願いを出していて、現在探されているかもしれない。


 下手に動くのはダメだ。


 情報を仕入れ、自分は記憶を蘇らせつつ、待てばいい。


 長い思考の中で快斗はマリアの提案に、乗る事に決めるのであった。


ーーーーしかし、問題はここからだ。


 ここに残らせてもらうには、一つの条件がある。


 勇者のフリをしてほしい。


ーーーー勇者のフリって何だよ。


 それこそが、大きな問題であった。

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