記憶を失った少年【3】

 どう答えるのが、正解だったのだろうか。


ーーーーったく。あ〜イッテ。


 赤くなった頬を摩りながら、快斗は心の中で愚痴った。愚痴りながらチラッとマリアに目を向ける。すると、サッとマリアは視線を逸らすのであった。


 良く見ると、白いワンピースらしき服の胸元を気にしているのか、チラチラと下を見ている。


ーーーーき、気不味い。


 しーん。と、静まり返る室内。


 お互い気不味く、目を合わせる事が出来なかった。


 気不味い空気。


 とりあえず、謝るべきだろうか?と、悩む快斗であったが杞憂に終わる。


「お、おほん」


 と、ワザとらしく咳をするマリア。


 どうやらマリア自身、何とかしなければと、思ったらしい。ワザとらしい咳がその証拠である。


「う、嘘じゃないのは分かった。疑って悪かったな」


「……よ、良かったです」


 と、少しの間をあけて返す快斗。


 謝るのそっちの方!?と、内心思ったが、口にはしない。蒸し返すような話しでもないだろう。そう思ったからである。


「と、とにかくだ。いくつか質問をさせてくれないか?」


「えぇ。どうぞ」


 姿勢を正すマリア。快斗もそれにならった。


「親の名は?」


「父が浩介こうすけ。母がさくら。ついでに言うと、長女があき。次女があみですよ」


 これに快斗を加えた5人が、海原家というわけだ。


「ふむ。では、出身は?」


「…出身ですか?東京です」


 一瞬だけ、迷ってしまう快斗。


 と言うのも、マリアの見た目は外人さんであり、名前も、マリア・ヴァレンタイン。と、外人さんの名前だった為、日本と答えるべきなのだろうか?と、迷ったのである。


 しかし、流暢な日本語。ここは日本(と、快斗は思っている)。以上の事から、東京でいいかと考えたのであった。


「…聞いた事がない名だな。それは何だ?」


「な、何だも何も、首都ですよ首都。やだなぁ〜もぉ」


 からかうつもりなら、もっと上手にからかってほしいものだ。やはり外人さんなのだろう。


「……分からんな」


 小さく首を振るマリア。


「じゃあ逆に聞きますけど、この国は何て国なんですかね?」


 からかったお返しにと、ちょっとだけ馬鹿にしたような言い方をする。聞かれたマリアは、うん?と、澄ました表情で答えた。


「ここか?ここはイーストゴッドだ」


「は、はい?い、今、何て?」


 聞き間違いか?と、快斗は聞き直すも、返ってくる答えは同じであった。


ーーーーそんな地名…あったか?


 どうやらここは、日本ではないらしい。


 となると、ここは外国ということになるのだが、いつ入国したのだろうか?パスポートは?と、考えるも、全く持って記憶にない。


 アメリカなら〇〇州。香港や韓国、日本なら漢字。イーストゴッドという名前からして、ヨーロッパなのだろうか?と、快斗は思った。


 実際、地名というのは何千とある。


 日本は47都道府県だ。


 しかし、東京だけで考えるのであれば、23区。


 23区の中にも、〇〇区〇〇町など、数えたらきりがないほど多い。


 日本ならば快斗も少しは分かる。と言っても、〇〇村などと言われたら分からないのだが。


 海外の地名ともなれば、知らないのも無理もない話しである。


 実際、イスタンブールとかイースタン島など、似たような名前がある為、イーストゴッドと言われたのを自分が知らないだけであり、海外なのだろうと考えたのだった。


「え、え〜っと…俺はどうすれば?」


 快斗は、マリアの仲間と勘違いされてここにいる。または、お金目当てでの拉致、誘拐だと考えている。


 親との連絡も取れないので、お金目当てならどうしようもない。また、良く分からない国にいる為、出て行けと言われても、途方に暮れるだけだろう。その為、今後の自分の扱いについて尋ねたのである。


「まあ待て。まだ質問は終わっていないぞ。あの日の前は何をしていたんだ?」


 あの日。


 訳も分からない場所で、訳の分からない人達に囲まれ、良く分からないまま終わってしまったあの日。


 その前の日は何をしていたのか?


 マリアに質問され、何をしていたかを考える。


 ズキ!!


「……ッ!?ッツツ」


「ど、どうした!?」


ーーーーあ、頭が。頭が。


 割れるように痛い。


 こめかみを両手で抑え、前かがみになってうずくまる快斗。それを見て、マリアは慌てて快斗の背中をさすった。


「はぁ、はぁ…す、すいません。急に頭が痛くなって」


 額に汗をかき、顔色は最悪。


 マリアはそれを見て、演技ではないと思った。


「いや、いい。今の質問は忘れてくれ」


ーーーーく、くそ。何が一体どうなってやがる。


 苛立ちを隠せない快斗。


 ぐぎぎぎぎ。と、歯をくいしばる。


「……なあ、快斗」


「……はい」


 マリアから呼ばれ、返事を返す。その声は明らかに弱い。元気がない。覇気がない。そういった類いの返事であった。


 マリアの質問に答えられず、これからマリアに怒られるかもしれない。もしかしたら、部屋から出て行けと言われるかもしれない。


 そうなったら、ここは国外。言葉は?文字は?と、不安になる。いや、それよりもだ。昨日を思い出そうとして、頭が痛くなる事などあるのだろうか。


 コレは異常事態ではないだろうか。


 快斗の思考は、ネガティブなものへと変化していた。その為、元気がない返事を返すのであった。


 無論、無意識にだ。


 しかし、快斗の考えとは違い、マリアは怒る訳でもなく、質問をする訳でもなく、提案をしてきたのである。


「お腹が空かないか?良かったら、ご飯でも一緒にどうだ?」


 快斗が目を覚ました時、マリアは台所らしき所で何かをしていたのを思い出す。


 先ほどの事を思い出しても、頭が痛くなる事はない。その事が、益々快斗をイラつかせる。


ーーーーさっきが良くて、何で昨日がダメなんだよ!!


 正確には、三日前の記憶である。


「あ、いえ…食欲がないんで…」


 ご飯など食べている場合か!と、快斗は思った。が、ぐぅ〜っと、お腹の音が鳴ってしまう。


「………!?」


「ふふふ。身体は正直なようだな」


「あ、いや、コレは…」


 と、返答に困るも、誤魔化す事など不可能だろう。快斗は顔を赤くしながら、いただきます。と、返事を返すのであった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーー


 台所の前に置いてある椅子に座る快斗は、ジロジロと見つめる視線に気づいていた。


 気づいていたのだが、何と声をかけるべきなのかと、悩んでいたのである。


「…すまない」


 居心地の悪そうな快斗の態度を見て、マリアは謝罪する。謝罪された事により、会話のきっかけを掴んだ快斗は、マリアに尋ねる事に成功した。


「あ、あの…何か?」


「あ、いや、そ、その、何だ。アイツの服を着ると、ますます似ているなと思ってだな」


 アイツの服…と、先ほどの出来事を思い返す。


 快斗の服は、試合でボロボロだった為、処分されてしまっている。


 その為、ご飯を食べる事になった際、服がない事が問題となるのは、当然であった。


 服はどうすれば…と、尋ねる快斗に対し、タンスから服を取り出し、アイツのを使え。と、マリアが手渡してきた。


 その服は、白い長袖のシャツに、黒いズボンと、シンプルでいて、ラフな服であった。


 手渡された服に着替える快斗。


 勿論、マリアが見ていないのを確認してからだ。


ーーーーぴったりだな。


 まるで、オーダーメイドか?と、疑いたくなるほど、自分の身体とジャストフィットしている服。


「サイズはどうだ?」


 と、台所から声をかけられ、ぴったりです。と、返事を返す。


「ふむ。ウエストもか?」


「はい。全く違和感がありません」


 そのズボンのウエストは、ジャージやスウェットのような、ゴムのや紐のようなタイプではなく、Gパンのような、ホックタイプのズボンである。


 ベルトを巻かなくても大丈夫。それぐらいぴったりなのであった。


 しかし、それは偶然だろう。


 良くあるとまでは言わないが、ある事といえばある事と快斗は思ったのだが、マリアはそうは思っていなかったらしい。


 現に今も、チラチラとこちらを盗み見ている。


「…そんなに似ているんですか?」


 と、聞かずにはいられない。


「……!!す、すまない。あまりいい気はしないよな」


「…いえ。それは別に構いません」


「質問の答えはYESだ。正直、本当に違うのかと疑ってしまうほどにな」


 カタ。コト。と、テーブルに料理を置きながら、マリアはそう告げた。


「…そうですか。しかし、残念ながら違います」


 としか言えない。


「なあ快斗。食べながらでいい。聞いてくれ」


 そういうと、スプーンを手渡すマリア。どうも。と、一言告げ、快斗は目の前の料理に目を向ける。


 木のお皿に並べられた野菜の数々は、サラダなのだろう。木の器に入っている白いスープは、シチューのような匂いがする。コッペパンを手に取り、一口食べて、シチューを口に運ぶ。


 ドレッシング…と、周りを見渡すも、冷蔵庫らしき物が見当たらなかった。


 ご馳走になる身である快斗は、わがまま(贅沢)など言ってられないな。と、ドレッシングを諦めた。


「先ほど、親の話しをしたな?」


 きたか!?と、内心思った。


 身代金やらを要求するつもりなら、電話がないと無理であり、海外なら親に会う事すら不可能である。


「……は、はい」


 と、返事を返す快斗。心臓の音が高くなったのは、気の所為ではない。


「連絡手段がない以上、迎えに来てもらうのは不可能だろう。家の場所は覚えているのか?」


 マリアもまた、快斗のように、シチューを口に運びながら、コッペパンを口に運びながら、そのような質問をする。


 その為、快斗の顔を見ていなかった。


ーーーーどうする?


 快斗は考える。


 もしもマリアが誘拐犯であるならば、家の場所を教えるのは危険ではないだろうか?自分に似た人物が日本にいて、家に行ったらどうする。両親は?妹達は?と、快斗は考えた。


「……分からないです」


 その結果、快斗は嘘をついてしまう事となった。


「…そうか。なあ快斗。しばらくこの家で過ごさないか?」


「…え?」


 視線をマリアに戻す。


 マリアはテーブルの上で両手を重ね、真剣な表情で、口を開く。


「その代わり、条件がある」


 銀色の瞳に白い肌。ピンクがかった唇。


 改めて、美人だ…と、快斗は思った。


 返事のない快斗に対し、マリアは悩んでいるのだろうと判断し、条件を告げる。


「その代わりと言っては何だが、しばらく、アイツのフリをしてくれないか」と。


「アイツの…フリ…ですか?」


「そうだ。行くあてもないんだろ?悪い話しではないと思うんだが」


 海外にいると思っている快斗。


 勿論、行くあても無ければ、帰る手段もない。


 無一文。


 いや、お金どころかパスポートを持っていない為、帰る手段がない。


「……それは」


 脅しですか?と、思ったが、口には出来なかった。


「そもそも、アイツ、アイツと言いますけど、アイツって、誰なんですか?」


 口にしたのは、アイツについてである。


「そうだな。その変を話さなくてはいけないか」


 マリアの表情が、寂し気な表情に見えた。


「アイツはな、勇者なのだよ」


 しかし、その表情を心配する事が、快斗には出来なかった。いや、正確には、心配する余裕が無かったが正しいだろう。


 勇者って 笑


 馬鹿にしてんのか?と、思う快斗であったが、マリアの真剣な表情を見て、口を開く事が出来なかったのであった。

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