記憶を失った少年【2】


 見つめ合う二人。


 と言っても、ラブコメ要素はゼロである。


「さあ、どうした!答えろ!」


 強い口調でそう言われ、思わず両手を挙げる快斗。降参、無抵抗の意思表示。


ーーーーくそ!何だってんだよ!!


 気がついたら美女が自分の世話をしている。どんなご褒美だよと思った矢先、まさかの身の危険を感じる羽目になる。


 そして、身の危険を感じさせているのは、その美女であった。


 両手を挙げる快斗に対し、喉仏に短剣をあてていた彼女の視線が、ちょっとだけ和らいでいく。


 が、短剣を引っ込める気はないらしい。


「は、話しを、話しを聞いてくれ!」


 必死に訴える快斗。


 みっともないとかそんな事を言っている場合ではない。訳も分からず殺される。そんな事があっていいものか。と、快斗は考え必死に訴えた。


「ああ。だから言っているだろ?貴様は誰なんだと」


 揺れる銀色の髪。


 真剣な表情をした彼女を見ながら、快斗は質問に答え始めた。


「俺の名は 海原 快斗うなばら かいと。海原 快斗だ! 危ないからとりあえず、そのナイフを、ナイフをしまって下さい」


 少し早口になってしまう快斗。命の危険すらあるこの状況。無理もない話しである。


 快斗が両手を挙げ、無抵抗をアピールしているからか、話す気になったのが伝わったからなのかは分からないが、喉仏から短剣が離れた。


 と言っても、短剣を引っ込める気はないらしく、短剣は向けられたままである。


 丁度、快斗と彼女の真ん中の位置にある短剣。


 その短剣が本物かどうかを、快斗は目だけで判断しようとするものの、本物の短剣を見た事がない快斗には、それが本物かどうかの判断が出来なかった。


 銀色に輝くつか。研ぎ澄まされた刃。


 それだけは、見て分かる。


 快斗がそんな事を考えているとは知らず、彼女は質問をしてきた。


「うなばら?何だそれは?」


ーーーーいやいや。何だもくそもあるか。


 海原とは何だと聞かれたら、苗字だ。としか答えようがない。


ーーーー待てよ。


 織田とか徳川とか服部とか、そんな偉人達の末裔というわけでもない海原。


 いや、もしかしたら快斗が知らないだけなのかもしれない。しかし、海原が偉人達の仲間だったとして、何だと言うのだろうか。もしや、金目当ての誘拐犯か何かなのか?と、快斗は考えた。


「な、何だと言われましても…親に連絡して、聞いてみましょうか?」


 快斗からしたら、別にふざけている訳ではない。


 もしかしたら海原というのはその昔、もの凄い大名か何かで、埋蔵金なる物があるのかもしれない。


 そして、それを狙っての誘拐。いや、正確には勘違い。先ほどの口ぶりからして、誰かなかまと自分を勘違いしているのだろう。と、快斗は思った。


 しかし、我が家の家計図など、快斗が知るハズもない。いや、正確には、ひい爺ちゃんまでは理解しているが、ひい爺ちゃん以前の先祖を、快斗が知らないというわけだ。


「ほお。親に連絡を取るを使えるのか?やってみろ」


ーーーー魔法?


 口元をニヤリと緩めながら、彼女はそんな事を言ってきた。いや、確かに電話という物は、一種の魔法のような物ではあるか…。


 電話に限らず、ライターや自家発電機など、昔の人からしたら考えられない代物ばかりだ。


 夢物語。


 それらは人類の夢とされていた物だが、現在では当たり前のような代物であった。


 文明の力と言ったかどうか。いや、どうでもいい話しだ。


 快斗は大袈裟な。と、思いながら彼女に尋ねた。


「そうしましたら、ちょっと家に電話をするので、携帯を貸して頂けないですか?」


 家に入ればいいのだが…などと考えながら提案する快斗。


 すると、彼女の表情が変わった。


「電話?携帯?貴様は何を言っているのだ」


ーーーーはい?


「え〜っと、あっ!テレフォン!テレフォンですよ」


 もしかして日本語が通じないのか?などと考え、英語で説明するも、彼女は困惑した表情を浮かべるばかりであった。


「さっきから何を言っている!」


「ち、違いますってば!?」


 再び短剣を喉元に近づけられ、快斗は悲鳴をあげる事となる。


「もう一度チャンスをやる。魔法を使えるのだろ?ほら、使ってみろ」


「ちょ、ちょっと待って下さいってば!!連絡をするのに魔法とか入りませんから」


 自宅なら10桁。携帯なら11桁。


 数字のボタンを押して、後は通話ボタンを押すだけ。時間にして1分かかるか、かからないか。


 それだけで、遠くの人と会話が可能となる魔法のようなアイテム。それが、電話というものだ。


ーーーー大体!さっきから魔法って何だよ!?


「…やれやれ。なあ海原快斗。私にはどうも理解出来ん話しだ。抵抗する気もないようだし、とりあえず何もしないから、詳しく話してみろ」


 快斗の態度から、敵意を感じないと判断したからか、泣きべそをかく快斗を見て、これ以上脅しても無意味と判断したからなのかは分からないが、彼女はそんな事を言ってきた。


 理解出来ないのは、快斗も同じである。


 しかし、彼女は短剣を引っ込めてくれた。


 コレは、千載一遇の好機である。


ーーーーど、どうする?


 短剣を引っ込めてくれたものの、短剣は彼女が右手で持っているままである。両腕を組む彼女。


 短剣の位置は、彼女の左腕の二の腕辺り。


 彼女との距離は1メートルあるかないか。


 快斗が、ガバッと馬乗りになるように飛びかかれば、直ぐにでも押し倒せるような、そんな位置に彼女は座っている。


 しかし、飛びかかれば最後。


 失敗したら殺されるかもしれない。


 それだけはダメだ。


ーーーーそもそも彼女は、何に対して怒っているんだ?


 と、冷静に分析をする快斗。


 考えてみれば、おかしな話しではないか。


 誰かと間違えて看病し、実は違う人でした。


 そして、オコ。


ーーーーは?逆ギレじゃねぇか。


 と、快斗は思った。


「話す前に一つ良いですか?」


 ここは一つ、ビシッと文句を言ってやろう。


 先ほどの表情とは違う、真剣な表情で、真剣な声で、快斗は彼女に話しかけた。


「うん?何だ?」


 ベッドへとダイブしたりした為、彼女の髪や衣類が少しだけ乱れていた。快斗が話しかけた時、彼女は乱れた髪を手直ししているところであった。


 白くて細い指で髪を掻き分け、左耳にかける。ワンピースらしき衣類の紐が、右腕へと垂れていたのを手直しする。


 綺麗な鎖骨に綺麗な瞳。


 思わず、ドキッとしてしまう。


 ゴクリと唾を飲み込みながら、スッと右手を前に差し出す快斗。


 まるで、ダンスに誘う紳士ダンディーのように手を差し伸べ、そして、ビシッと言い放つ。


「お、おにゃまえを、き、聞いてもいいでしゅか?」


「…………」











ーーーーし、しまったΣ(-᷅_-᷄๑)!?


 美人な人を前にして緊張してしまった快斗は、声を裏返し噛みながら、彼女に名前を聞くのであった。


 しーん。と、静まり返る室内。


 顔が熱い。


 出来る事なら今直ぐにでも逃げだしたい。もしくは、毛布に包くるまりたい。と、快斗は考えるも、それは不可能であった。


 彼女がベッドに座っている為、毛布が取れないのだ。正確には、彼女が毛布をお尻で踏んでいる為が正しい。


 また、この場を逃げだした場合、快斗は露出魔として逮捕されてしまうだろう。


 何故なら、パンツ一丁なのだから。


 顔を赤くし、固まる快斗。


 こうなれば意地だ!と、決して顔を逸らしたりはしない。すると…。


「……くく」


 そんな快斗の様子(態度)を一部始終見ていた彼女は、楽しそうに声に出して笑った。


 それにより、ますます顔が熱くなる。


「はっはっはっはは!はぁ…いやぁ、すまない。アイツの顔で、アイツの声で、そんな事を言われてはだな…くくく」


 涙を左手で拭いながら彼女は、あ〜。ぉっかしい。と、微笑んだ。


「さてと。私の名前だったな」


「……え、えぇ、まぁ」


「マリア・ヴァレンタインだ」


「マリア…バレンタインさん。ですか?」


「違う、違う。ヴァレンタインだ。いや、マリアでいい」


 どうやら、発音が違うらしい。


 アップルとアッポォーみたいな感じか。


「じゃ、じゃあ、マリアさん」


「マリアでいいと言っただろ」


「あ、はい。じゃ、じゃあ、マリア」


 何か譲れないものがあるのだろうか。


 よく分からないが、特に断る理由がない快斗はマリアと呼び、先ほどの質問に答える事にした。


「詳しく説明しろと言いましたが、何処から説明したものか…」


「何処からって、一から全部だ。言っておくが、バカな考えは持つなよ」


ーーーーバカな考え?


 釘を刺される快斗。


 嘘をつくな。変な気を起こすな。そういう意味だろうと解釈する。


「実は、俺も良く分からないんです」


「分からない?」


「は、はい…気づいたら知らない所に立っていて、周りには仮装した人達がたくさんいる中、いきなり試合だとか言われまして…」


「ふ、ふむ。仮装…とは何だ?」


「……?コ、コスプレ、みたいなものです」


「コ、コスプレ?よく分からんが…まあいい。続けろ」


「あ、はい。と言っても、気づいたらここにいたというわけです」


 一から説明しろと言われたが、以上である。


「本当に、それだけなのか?」


 グッと身を乗り出し、快斗の目を見ようとするマリア。グラビアポーズみたいなポーズをとる。それにより、胸の谷間が見えてしまう。


ーーーーだ、駄目だ!?


 快斗は目線を逸らした。


 紳士の対応、大人の対応。


 さり気ない優しさ。気配り。


 と、快斗は考えたのだが、目線を逸らした事により、マリアに疑われてしまう羽目になってしまうのであった。


「な、何故、目を逸らす!!」


「…え?」


 そう言われ、快斗が振り向くと、マリアの顔が直ぐ近くにあった。


 ほんの少し顔を近づければ、唇がくっついてしまいそうな、そんな位置。


 ドキッとしてしまう。


「やましい事があるから顔を逸らすのだろ?言った筈だぞ!バカな考えは持つな。と」


「ち、違いますってば!?」


 それは誤解だと、弁明する快斗。


「では、何故だ!!」


 当然、こうなってしまう。


ーーーーくそ!何でこうなる!!


「ほら!どうした?言えない理由でもあるのか?」


「そ、それは…!?」


 左に視線を逸らすと、ギラリと光る短剣が見える。


ーーーーえぇい!南無三!!


 と、快斗は祈る。


「む、胸が…そ、その…み、見えて…まし…て」


 正直に話せ。嘘をつくなと、短剣で脅されている為、快斗は正直に話した。


 右手で頭をかきながら、言いづらそうに告げる。


ーーーーあれ?


 少しの間。


 嘘じゃないですよぉーっと、快斗が視線をマリアの方に向けると、下を向き、白いワンピースらしき服の胸元を、短剣を持つ右手で抑えているマリアの姿があった。


 良く見ると、小刻みに震えているように見えたのは、決して気の所為ではないはずだ。


「……こ、この」


「…は、はい?」


 バッと顔を上げるマリア。


 その顔は、少し赤くなっていた。


「変態!!」


 パン!という快音が、部屋の中に響き渡る。


ーーーーな、何だってんだよ、コンチクショー!


 別の意味で、頬を赤くする快斗であった。

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