記憶を失った少年【1】
金星、水星、木星、土星など、さまざまな星が宇宙には散りばめられており、コレらはとてつもなくでかい星で、惑星と呼ばれている。
コレら惑星は、未だに解明していない事が多い。
例えば、生き物が生息する事は不可能とされているのだが、果たして本当にそうなのだろうか。
解明できていないだけであり、もしかしたら何者かが生息している可能性は否定できない。
何故なら、解明出来ていないのだから。
それこそ、生息している事を確認する事が出来たとしたならば、歴史的快挙といってもいいほどの偉業である。
私は君たち若者諸君に、願おうではないか。
我こそが、歴史的偉業を成し遂げる勇者であると言う者が現れる事を。
そう締めくくり、ペコリと頭を下げる教授に、生徒一同拍手を送る。
そんな中、拍手をしない生徒が一名。
両腕を組み、やる気無さげな瞳を向ける。
まるで興味がない。そんな瞳をしていた。
「ちょ、ちょっと
「…って言われてもな。その勇者になる為には、莫大な費用がかかるんだぜ?俺らただの大学生に言われても」
「まあ言いたい事は分かるけどさ、睨まれるわよ」
第三講義室。
壇上から見て右奥に座る若者二人は、このような会話をしていた。勿論、周りには聞こえないようにひそひそとだ。
「ば〜か。もお、手遅れだよ」
睨まれるわよ。というアドバイス。
しかし、すでに睨まれてしまっている快斗。
今ではない。
あれは、いつからだっただろうか。
入学時…いや、夏の頃か。
地球という星に生まれ、そこそこ勉強して、そこそこ運動して、そこそこの大学に入学する。
入学して、そこそこのサークルに入っているという事もない。
ただ就職するか、進学するかで悩んでたいた時に、悩みながら就職してどうする。と、高校時代の恩師に言われた為、進学したに過ぎない。
悩みながら就職したところで、長続きしないぞ。という意味である。
両親ともに健在。
高校1年の妹に、中学3年の妹。
大学1年の自分。
自分という人間を説明するのであれば、そこそこのヤツというわけだ。
ーーーーーーーーーーーーーー
トントントントン。
ーーーー音がする。
スッと、両目を開けると、木の目が見えた。
まるであみだくじのようになっている天井。
勿論、見覚えなどない。
自分の家は確かに一軒屋だが、天井にはクロスが貼られていて、白い天井だ。
昔は、ポスターなどを貼っていたが、流石に大学入学時に剥がしている。
いや、そもそもクロスの裏側を見た事がない為、クロスの裏側に木の目があるかすら分からない。
ーーーーま、どうでもいいか。
そんな事を考えながら、スッと、音がする方へと顔を向けると、腰の辺りまである銀色の長い髪をした女性が、台所で何かをしているのが見えた。
白くて細い足、髪で見えないが、おそらく細身の女性。細身でなければ、髪からお腹の肉が見えてしまう事だろう。そうならないのは、彼女が細身の女性であるという証拠だ。
勿論、こんな外人さんだか、髪を染めた日本人だかは分からないが、知り合いではない。
「あ、あの…」
上体を起こし、彼女に声をかける事にした。
上体を起こした事により、かけられていた毛布が、ズルッとずれ落ちる。
ーーーーえ?
ずれ落ちた事により、自分が裸である事に気付いた快斗は、慌てて下半身に手を伸ばした。
ーーーーよ、良かった…履いてる。
しかし、履いてるいのはパンツだけである。パンツといっても、三角の白いパンツ、いわいるブリーフではなく、四角い黒いパンツで、トランクスと呼ばれている下着だ。
良かったのか?などと、疑問に思っている快斗に声がかけられた。というより、呼んだのは快斗なので、返事を返してきた。が、正しい。
しかし、台所で料理をしていて手が離せないからか、彼女は台所からこちらに顔を向ける事すらしていない。
「やっと目覚めたか」
「…目覚めた?つまり、俺は寝ていたのですか?」
「ん?なんだ?起きていたのか?」
「あ、いや、その……寝ていました。です」
ーーーーやりづらい。
やっと目覚めたかと言われたのだから、寝ていた事は分かっている。また、自分が今いる位置や格好を見れば、寝ていた事など明らか。
パンツ一丁でベッドの中なのだから。
快斗は上半身の所々に、包帯が巻かれている事に気付いた。
ーーーー怪我…してたか俺?
右腕をあげると、チクッと、何かに刺されたかのような痛みが走る。
「ィッツツツ」
「おいおい。まだ完全には塞がってないんだぞ?無理に傷口を広げてどうする?」
左手で右腕を摩る。摩った所で、痛みが取れる訳ではない。紛らわす為だ。
「はぁ…バカな弟子を持つと苦労する」
やれやれとため息を吐きながら、彼女は台所からコチラに向かって歩き始めた。
ーーーーなっ、何!?
それを見て、衝撃を受ける快斗。
サラサラと揺れる長い髪。
白くて細い手足。
身長は170はあるだろうか。
モデル体型と呼ぶべきスタイルをしている彼女。
しかし、特徴的なのはそこではない。
銀色の髪に、銀色の瞳。
彼女という存在を説明するならば、絶世の美女と説明するのが、最も適した言葉ではないだろうか。
声を失い、ジッと彼女を見つめる快斗であった。
ーーーーーーーーーーーー
彼女を見つめる快斗。見つめられたからなのかは分からないが、彼女は少し頬を赤く染める。頬を赤くしながら、彼女は快斗に声をかけてきた。
「お、おい。な、何だ?私の顔に何かついているのか?」
顔をジロジロ見られる行為は、気持ちの良い行為ではない。気を悪くする行為である。最も、好きな異性からそうされたのであれば、話しは別なのだが、快斗は彼女と初対面だ。
その為、彼女が言っている質問は、ジロジロ見るな。という意味だろうと解釈する。
「あ、いや、すみません」
歯切れの悪い回答。
また、彼女が目上の人だった場合も考え、敬語を使う快斗だったのだが、普段からあまり使わない為、少しだけおかしな返しになってしまっていた。
「ま、カイトが見惚れてしまうのも、無理もない話しか。美人だからな。私」
照れ隠しなのか、からかっているのか、彼女はそんな事を言ってきた。
ーーーーさて、どうすべきか。
女性に対し、こういった場合の対応が分からない快斗。見惚れてしまったのを認めた場合、相手は喜ぶかもしれないが、その後の関係にヒビが入ってしまう恐れがある。
では逆に、見惚れる訳がないと言うべきなのだろうか。しかしその場合、相手を傷つけてしまわないだろうかと悩む。
お前なんかに見惚れない。
そう、捉えられないだろうか。
ーーーーく、くそ。面倒くせぇ。
と、思いながら、快斗はその事には触れないという答えを導き出した。
「やっと目覚めたと言いましたが、どれくらい寝てたんですか?」
話題を逸らす。と言っても、重要な事に違いはない。寝ていた期間が多ければ多いほど、命の危険すらあるのだから。
「丸二日ってとこだな。というより、どうしたんだ?」
「どうしたって、何がです?」
言われている意味が分からない快斗。
おかしな質問だっただろうか?と、疑問に思う。
「どうしたもこうしたもない。その喋り方だよ喋り方。まるで別人みたいだぞ」
ーーーー別人?何を言っているんだ?
「それにだ。この間の試合もそうだが、試合中にキョロキョロするヤツがあるか」
喋り方に試合内容。
いつものお前らしくないぞ。と言われる快斗。
「ちょ、ちょっと待って下さい!?つ、つまりアレは、夢ではなかったと言う事なのですか?」
よく分からない場所で、よく分からない人達に囲まれていたあの出来事は夢かと思ったが、どうやらそうじゃないらしい。
何より、自分の身体は怪我をしている。
丸二日寝ていた。
以上の事から試合に負けた所為で怪我をしてしまい、寝たきりの状態になってしまったのだと理解する快斗。
「…本当に大丈夫なのか?寝ぼけている…とかだよな?」
快斗の様子を見ていた彼女は、心配そうな瞳を向けてくる。正直、頭はパニックで大丈夫な訳がない。
ーーーーどうする?
いや、どうするも何も、隠した所で何の解決にもならないだろうと思った快斗は、とりあえず話しを聞く事にした。
「怪我の治療をしてくれ、その上、看病までしてくれて本当にありがとうございました」
とりあえずはお礼からしようと、ペコリと頭を下げる快斗。
「よせよせ。試合内容については後から言いたい事が山ほどあるが、弟子の身を案ずるのは師匠として当然の事さ」
ーーーー弟子?
いや、考えるのはやめよう。
「…あ、ありがとうございます。あの、服を返して貰えないでしょうか?」
「服?あぁ、服ならボロボロになったから捨てたぞ。何だ?寒いのか?」
ーーーー寒いんじゃなくて、恥ずかしいんだよ。
美女を前にして、自分はパンツ一丁というシチュエーション。羞恥心が勝るとは、この事である。
「何なら、温めてやろうか?」
白いワンピースらしき格好をした彼女は、両肩にかかる紐を両手で摘みながら、そんな事を言ってきた。
「…え?」
若干、声が裏返る快斗。
ーーーー温めるって、ま、まさか!?
妹や母親以外の女性と寝た事がない快斗。無論、そういう意味ではない。
大学生ともなると、知識はあるとしても、そういう経験はまだ無いのであった。
「おいおい、覚えていないのか?いつもしてるだろう?」
ーーーーい、いつも、なの?
その所為で、心臓の鼓動が早くなる。
ちょっとした期待が無かったと言えば、嘘になるだろう。彼も健全な男の子。しかも相手は超がつくほどの美人。
動揺(期待)しない方が、どうかしている。
「…はぁ。どうやら本当に違うらしいな」
「…は、はい?」
スッと、ワンピースの紐から手を下ろし、彼女はタンスをゴソゴソとあさり始めた。
言われている意味が分からない快斗は、またしても声を裏返してしまった次の瞬間。
ゴクリと喉を鳴らす快斗。
「頭を強く打ったからなのか、寝ぼけているからなのかと思ったが、どうやらどちらも違うらしい」
「い、言っている事の、意味が…」
ギラりと光る短剣は、快斗の喉にあてられている。少しでも動けばグサリといってしまう。そんな位置に短剣はあった。
きしむベッド。
無論、彼女がベッドへとダイブした為、その反動でだ。
生まれて初めて女の子に馬乗りされるという、泣いて喜ぶようなシチュエーションは、短剣を突きつけられながらという、コレもまた、生まれて初めてのシチュエーションであった。
「残念だがな。私とカイトは一度たりともそういう関係を持った事がない。それにだ。カイトならそんな反応は絶対しないんだよ」
睨みつけるような視線。
カッと目を見開き、先ほどまでの穏やかな口調や表情が嘘のようであった。
「さあ、答えろ。貴様は何者だ?」
揺れる銀色の髪。
揺れる快斗の思考。
一触即発の空気の中、快斗は再び喉を鳴らすのであった。
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