おれは演者じゃない
そして始まるエチュード。空教室の真ん中で、ヨウコとカイリが対峙する。口火を切ったのはカイリの方だ。
「……どういうこと? ちゃんと説明して。でないと、納得なんてできない」
「えっと、だからね。私は幽霊で、この子の身体を借りていたの。今までずっと、取り憑いてたってこと。それでね、このままだとオリジナルの魂が、もう消えちゃいそうだからさ。そろそろ身体を返さないと、って思って」
「……ふうん、なるほど」
「わかってくれたの?」
「うん、良くわかったよ。あなたのバカさ加減がね」
睨むように言うカイリ。その視線をまっすぐに受けて、ヨウコはたじろいだ。カイリはいつも優しい。だからこんな風な返しが来るなんて、思ってなかったのだろう。
「なに、バカって……」
「実際そうだよね。一体何年、わたしたちを騙して来たの? それで、もう飽きたから成仏するって? ふざけるのもいい加減にして」
「ふ、ふざけてなんかないよっ! 騙してもないし、飽きてもない!」
「でも、そう取られても仕方ない。言い訳なんていくらでもできるでしょう」
「私だって。私だって、もっとみんなと一緒にいたかったよ……!」
「どうして今なの。もっと早くてもよかったんじゃないの」
「もっと早くって、そんな言い方、」
ヨウコのセリフを断ち切るようにして。よく通る澄んだ声でカイリは言う。視線はヨウコを見据えたままだ。滑らかに、まるで予め用意していたセリフを言うように。これがエチュードであることを忘れるほどに、カイリのセリフは自然なものだった。
「あなたを好きだった、わたしたちの立場はどうなるの? もうずいぶんと長い間、わたしたちは一緒だった。だから強い絆があると、わたしは今でもそう思ってる。そんなあなたが消えてしまう? そんなの受け入れられない。受け入れられるはずがない。もっと早く言ってくれれば、何か方法があったかも知れないのに」
「それは……」
「これから消えてしまうあなたに、はいそうですか、って納得できると思う? 残されたわたしたちは、どうすればいい?」
「それはその、あの事故のせいだよ。あの事故が、あの事故が……」
明らかに動揺しているヨウコ。演技だとしたら大したものだ。それを見たカイリは、すぐにその演技を止めた。
「……はい、カットカット。ヨウコ、これはエチュードだよ。失敗してもいい。どんどんセリフを回さないと。まだ構想段階、そうでしょ?」
ヨウコは深く溜息を吐いて、そこでエチュードが完全に止まった。いや、カイリが意図的に止めたのだろう。ほんとに気の回るやつだ。さすがは部長、と言っておこう。
「ヨウコ、少し休憩しようか。それとも今日はもう止めておく?」
「ううん、止めない。このお話の終わりまでの、良いストーリーが浮かんでるから。どうしても今日、それをカタチにしたいんだ」
少し明るい声色でヨウコが返した。無理をしているのはすぐにわかる。それはいつもの、苦笑いなのだから。
「そう。それじゃ休憩。その後、もう一度コマとのエチュードね。それじゃ、休憩開始」
────────────
部室の隅で1人、セリフを回すヨウコ。その姿は真剣そのものだ。少し憚られるが、おれは声を掛けてみた。
「なぁ、ヨウコ」
「あ、コウ。今ね、いいストーリーが降りて来たんだ。頑張ってる私への、神さまからのご褒美かも」
「そうか。そりゃ良かったな」
「うん、ほんとによかった。これで感謝を伝えられそうだよ、みんなに」
ヨウコは一呼吸置くと、小さな声でゆっくりと言った。まるで秘め事を言うように。
「ねぇ、コウ。みんなにはさ、黙っといてね。カイリはもう気づいてるかも、知れないけど」
カイリは聡いヤツだ。きっともう気づいてるとおれも思う。あの察しの悪そうなコマでさえ、何か思うところがあるみたいだ。こんなこと、コマに言ったら怒られそうだけど。
「本当はさ。カイリとコマちゃんには、もっとサプライズにしたかったんだけど。私はこういうの、下手だなぁ。でもコウは上手そうだよね。ウソつくのがさ」
お前の方が上手いよ。そのセリフは飲み込んだ。こいつは、騙そうと思ってウソを吐いていた訳ではないのだから。
「もう言っちゃうけどね。コウにも伝えたいんだ。ありがとうの気持ちを。もちろん舞台の上で」
「……おれは演者じゃない」
「そこ、何とかならない? 幼馴染のよしみでさ!」
朗らかに笑うヨウコ。対照的に、おれは笑えてない。表情が、さっきから凍りついたままだ。
「あのな。おれが舞台に上がると、きっと酷いことになるぞ。今までずっと裏方だったんだ。そんなおれが、上手く演じられるわけねーだろ?」
「エチュードだけでもいいんだ。コマちゃんとカイリの後で、やらない?」
エチュードだけ。それならまぁ、協力してやらんでもないが。悩んでいると、ヨウコが重ねてくる。
「ね? いいでしょ?」
「コマとカイリとやる、エチュードの出来次第だな。いいエチュードが出来たら、考えてやるよ」
「本当? それじゃ、私を見といてね。ばっちり決めてくるからさ!」
そう笑うヨウコに、おれは二の句が継げなかった。きっと、もう覚悟を決めてるのだ。自分が成仏する、その覚悟を。
今まで色んな幽霊を見てきたおれだから、それがわかるのかも知れない。皮肉なもんだ、と思うけど。
「約束だからね。コウと私、2人きりのエチュード。最初で最後のエチュードをね!」
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