コヨミ

必ず終わりはやってくる


 いつもの放課後、いつもの空教室。ドアを開けようとした手が、一瞬止まった。あれから、おれはまともにヨウコと話せていない。どんな顔をして話せばいいのか、わからなかったからだ。

 カイリの言葉と、例のの言葉。それらから導き出される答え。それはおれの想像を超えるというか、全く想定していなかったものだった。

 だけど。こうして何もしないでいても、事態はなにも変わらない。何かが始まれば、必ず終わりはやってくるのだ。望もうと望ままいと。


 意を決して、そのドアを開けた。教室に響いたのは、コマの甲高い声だった。



「先輩、一体どういうことです? ちゃんと説明して下さい!」


「だからね、私は幽霊なの。ちょっとした事情で、この子に取り憑いて身体を借りてる状態ってこと。ええと、わかるかな?」


「そんなのわかる訳がありません! いきなりそう説明されて、はいそうですかって先輩なら言えます? 言えませんよね?」


「そ、そうだよね……」


 言葉のキレが悪いヨウコに、コマが重ねる。珍しくヨウコ相手にかなり攻め込んでいる。そんな印象のコマ。

 きっとエチュードをしているのだろう。だけど、その内容は。暖気に座視できるようなものではない。


「だから証明して下さい、先輩。そしたら信じても構いません。ただし、きちんとした証明をお願いしますよ」


「うーんと。私が幽霊だって、どう証明すればいいんだろ?」


「そうですね、こういうのはどうです? 幽霊なら他の人にも取り憑くことができますよね。だから先輩があたしに取り憑いてくれたら、信じてあげてもいいですよ」


「それは、無理なんじゃないかなぁ……?」


「ほーらやっぱり! ウソじゃないですか、先輩っ!」


「ウソじゃないよ。私があなたに取り憑くとするでしょ? そしたら、あなたの意識は眠ってる状態になるの。つまり取り憑かれたことを、あなた自身が認識できないんだよ。私の言ってること、わかる?」


「まぁ、わかります。先輩があたしに取り憑いてる間、あたしの意識はなくなってるってことですよね。つまりあたしに取り憑いて、普段あたしがしない事をして。そして先輩が元の身体に戻れば証明できるじゃないですか?」


「えーと、つまり?」


「あたしに取り憑いて、そのまま服を脱いで下さい。それは普段、あたしが人前で絶対しないことだから。先輩が元の身体に戻れば、あたしの意識も元に戻る。意識が戻ったあたしは、なんと服を脱いでいる。ほらそうなれば、」




「……はい、カットカットー」


 カイリの一言でエチュードが止まった。いつものおれならこの展開に笑っているところだろうけど。あいにく今日はそんな気分になれない。


「コマ、それはない」


「えー、そうですかぁ? あたし的には、会心の出来だったんですけど」


「セリフの掛け合いは良い。でも『服を脱ぐ』くだりはダメ、ゼッタイ。そこで見てるコウが喜ぶだけ」


「あ、そっか。コウ変輩へんぱいのこと忘れてた。ていうかいつの間に来てたんです?」


 存在をナチュラルに忘れられていた。まぁ、途中で来たので仕方ないかも知れないが。


「あのな。人を変態呼ばわりすんなよな。ていうかそのはやめろよ、いい加減」


「すいません間違えました。上変態、いえ完全変態でしたね!」


「人を昆虫みたいに言うなっての」


「あれ? なんか元気ない? まぁいっか。さて、変輩のことは放っておいて。エチュードを続けましょう、ヨウコ先輩!」



 そんなこんなで、エチュードは再開された。再びヨウコとコマのセリフの掛け合いが始まる。すると、隣に立っていたカイリがおれに小さな声で言った。視線は芝居をする2人に向けたままで。


「……あれから、ヨウコと何か話したの」


「何かって?」


「次の秋公演。ヨウコが初めて自分でシナリオを作りたいって、そう言ってきたから。それも、エチュードで練り上げるシナリオを」


 なるほどそれでか。それでこんな感じになってんだな。それにしてもこのシナリオ。これ、まんまじゃねーかよ。

 まさにヨウコに起こっていることだ。それをシナリオにするなんて。ヨウコは一体、なにを考えているのだろうか。


「何か思い当たること、あるの」


「いや……」


「歯切れが悪い、コウ。あと性格と顔も悪い」


「いやそれ関係ねーだろ?」


「ふふふ。コウはそうやって、誰かにツッコミを入れてるのが似合ってると思う。深刻な顔は、コウには似合わない。人に話せば楽になることもある。わたしでよければ、いつでも聞くから」


 いつも無表情なカイリにまで気を遣われていたとは。そんなに深刻な顔をしていたのだろうか。


「悪いな、カイリ。気を遣わせちまって」


「別にいい。小学校からの友達だし、遠慮はいらない。特別友人価格にしておくから」


「いや金取んのかよ!」


 クスクス笑うカイリを見て少しだけ落ち着く。今はこの控えめな友人の存在がありがたかった。


「……なぁ、カイリ。ヨウコが考えてるこのシナリオ、どう思う」


 少し間を置いて、カイリが答えた。相変わらずの無表情に戻って。


「このエチュードだけでは判断できないけど。設定としては面白い。幽霊に取り憑かれるってくだりは、演技力も試される。憑依型女優、と呼ばれてるヨウコにぴったり」


「最終的にはどんなシナリオになるんだろうな」


「概要を聞いた限りでは、だけど。ある女の子にずっと取り憑いていた幽霊が、とある事件をきっかけに成仏することを選ぶ。それに当たって、お世話になった人にお礼をしたい……というシナリオを、ヨウコは考えているみたい」


「お礼、か」


「今まで色んな他の幽霊が、ヒロインに取り憑いていた。その幽霊たちを成仏させてきたのが、ヒロインの幼馴染の男の子みたい。だから準主役は男のキャラクタになる」


 ……まんまおれだな、その役は。もちろんおれは演者じゃない。だから舞台に上がるつもりはないのだが。


「これはエチュードで練り上げるシナリオ。そうヨウコからは何度も聞いている。つまり練習次第でシナリオが変わるかも知れないから、今後の展開に期待ってこと」


「ふうん、なるほどね。カイリもやるのか、このエチュード」


「もちろん。コマが終われば次はわたし。アドリブで、ヨウコをいじめ抜こうと思っている。ふふふ……」


 おぉ、サディスティック……。その雰囲気のまま、カイリはエチュードの準備に入る。すると、コマが交代でおれの隣にやってきた。



「ふー、疲れた疲れた。どうでしたかコウ先輩、あたしのエチュード」


「あぁ、マジで良くなってると思うぞ。入部当初のたどたどしさは、もう完全になくなったな」


「それもこれも全部、ヨウコ先輩のおかげですね。ヨウコ先輩には、本当に感謝してるんです」


「なら本人に言ってやりゃいいじゃねーか。きっと泣いて喜ぶぞ、あいつ」


「いえ、今は言えません。なんていうか、上手く言えないんですけど。お礼を言っちゃうと、ヨウコ先輩が本当に消えちゃいそうな気がして。ヨウコ先輩がね、さっき言ってたんです。『これが最後のエチュードかもね』って……」


「最後だって?」


「どういう意味かはわかりません。でも、目が真剣だったから。だから、本番の舞台の演技で、あたしは感謝の気持ちを伝えようと思うんです。だから、1人でも練習しなくちゃ!」


 そう言うとコマは、部室の隅で独演を始める。いつも以上に気合いが入っているようだった。

 空教室の黒板の前に視線を移すと、ヨウコとカイリはエチュードの準備中。

 なんとなく、おれは手持ち無沙汰になってしまう。気づけばおれは、あの日の事を思い返していた。


 あの日のこと。カイリとは違う意味の「部長」だった、あのおっさんが成仏した時のこと。

 これは目を覚ましたヨウコと、おれの会話だ。

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