ライムソーダ
そんなこんなでカイリに電話をすると。なんと、今カフェの近くだと答えが返ってきた。
カイリは喉が渇いている、とも言っている。つまりカフェで落ち合おうということらしい。そう言う訳で、おれたちは再びカフェに舞い戻って来たのである。
「よし! これでその子に会える訳だな!」
それを聞いた部長は、満面の笑みで答えた。何度見ても、それは腹の立つ笑い方である。
「会わせねーつってんだろ。そいつはヨウコの一番の親友だぞ。そんなの一撃でバレるに決まってる」
「ビビりだな、小僧はよ。いいか、こう言う時は逆に考えろ。この子の状態を、他に知ってるヤツがいる方が色々と都合良いだろってな」
「どう都合が良いんだよ。おれにもわかるように説明してくれ」
「そりゃ都合良いだろ。いざって時に、助けを求められる。助けは多いに越したことはねぇ」
どんな「いざ」だよそりゃ……。そんな時が来ないことを祈るばかりだ。
「とにかく、部長はここから見えない席に隠れてろ。出て来られると話がややこしくなるからな」
「しゃーねぇな、わかったよ。それじゃ俺は、お前らの真後ろの席に座ってるわ」
「ポンコツかよ、あんたは! そんなとこ見え見えだろ、ふざけてんのか!」
「ちっ、冗談通じねぇヤツめ。まぁいい、とにかく頼んだぞ。スマホの無料通話のヤツ、繋ぎっぱなしにしといてくれ。こっちはイヤフォンで聴いとくからよ」
「まぁいい、それだけは飲んでやる。ほらもうすぐ来るから、部長は隠れてろ」
「へいへい、了解了解」
不承不承、部長は奥の席へと歩いて行った。本日2杯目のアイスコーヒーを持って。
おい待て。いつの間に注文してたんだ、あのおっさんめ……。
────────────
「……コウ、待った?」
待つことしばし。いつものカフェにやってきたカイリ。手を振りつつの登場である。なんとなく気分が良いのだろうか。あんまり見たことのない仕草だった。
「おう、カイリ。悪いな。おれは今来たとこだ」
「そっかそっか、それならよかった。わたし、思わず急いで来ちゃったよ。コウから電話があるなんて、とっても珍しいから嬉しくなっちゃった」
席に着くなり、にこやかに話すカイリ。一般的には『笑顔』に入らないのかも知れないが、長い付き合いのおれにはわかる。それがカイリの笑顔なのだと。
「いつもコウはヨウコと一緒でしょ? でも今日はヨウコがいないから、コウを久しぶりに独り占めできちゃうね。なんだか嬉しいな……えへへ」
「……いやいやいや。カイリ、それ何のキャラだよ」
「……次、やろうとしてる舞台のキャラ。設定は、恋に恋する女の子。親友の恋人に横恋慕してる役」
「いつも言ってるけど表情が致命的だからな! セリフはそんな凄いのに、なんで無表情なんだよ?」
「今後の努力に期待」
「いやそれおれのセリフだから!」
「……冗談はさておき。それで、今日はなに? 本当に珍しい。コウからの呼び出しなんて」
「あぁ、悪いな。ちょっとカイリに訊きたいことがあってさ。急いで来てもらったみたいで、本当に悪い」
「別にいい。さっきまでバイトだっただけ。他に特に予定はないから、もう大丈夫」
「そっか、ありがとな。ところでカイリって、何のバイトしてんだっけ?」
「機密事項」
秘密じゃなくて機密かよ……。気になる、めちゃくちゃ気になる。でも残念ながら、今はそんな場合じゃない。
「それより、わたしに訊きたいことって?」
「いや大した質問じゃねーんだけど。カイリってさ、どこの小学校出身だっけ?」
「なにその質問」
「いや、ちょっと訊きたくて」
「ふうん、そう。わたしは
進都小学校? どこだそれ、この辺の小学校じゃねーな。
てことは、おれの勘違いだったってことか。カイリはおれとは違う小学校だったらしい。アテが外れた、ってヤツだ。
「そっか。いや悪かった、それが訊きたくてさ」
「何故、わたしの小学校を訊くの」
「まぁ、ちょっとな。おれと同じ小学校出身のヤツを今、探してんだ。カイリっておれと同じ小学校じゃなかったかって思ったんだけど、どうやらおれの勘違いだったみたいだな」
「ふうん、そう。それで、用事はそれだけ?」
「あぁ、悪かった。お礼に奢るよ、何がいい?」
「それじゃ、ライムソーダがいい」
店員さんにライムソーダとアイスコーヒーを注文する。いつものように瞬く間に運ばれてくるドリンク。しかしヒマなのだろうか、このカフェって。いつも瞬時に運ばれてくる気がするのだが。
「ねぇ、コウ。ライムソーダって、夏の味がすると思わない?」
「まぁ、何となくわかる。ていうかそれ好きだな、カイリ。いつもそれを飲んでる気がするぞ」
「うん、好きなの。ここのライムソーダ。あんまり甘くないのがいい。わたしの人生みたいに感じて」
「おれの人生の方が甘くないと思うけどな」
「そりゃあね。コウと比べたら、どんな人の人生でもゲロ甘ってやつじゃないの」
冗談を言って、小さくクスリと笑うカイリ。ライムソーダのストローをくるりと回して、カイリは言う。
「でもこうして、2人でお茶するのも本当に久しぶり」
「まぁ、そうだな。カイリは最近バイトに勤しんでたみたいだし。おれはおれで、忙しかったしな」
「ヨウコにつきっきりだものね」
「まぁ、そうだけど。でも、四六時中一緒って訳じゃないぞ」
「そのヨウコだけど。ヨウコも思い出したの?」
「え? それ、どう言う意味だ?」
「……もしかして。コウもまだ全部は、思い出せてないの?」
僅かに首を傾げて、おれに問うカイリ。質問の意図がわからない。何を思い出せてないというのだろう。
「どういう意味だ?」
「それとも、全てを思い出した?」
「おいカイリ、さっきから何を言ってんだ? ふざけたエチュードなら別の機会にしてくれ」
「わたしは、ふざけてなんかいない。全部思い出せそうになったから、コウはわたしに訊いたんじゃないの」
「全部ってなんだよ。さっきから、カイリの言ってる意味がわからねーぞ。頼むから、わかるように言ってくれ」
「わかった。それならわかるように言ってあげる」
硬い声で、カイリは続ける。とても冷たい表情を付け加えて。
「……コウは、いつからヨウコと一緒にいるの」
押し殺したような声だった。カイリの声はいつも抑揚がない。でも今日のはさらに酷い。まるで下手な芝居の棒読みだ。
「いつから一緒にいるか、憶えてるの。答えて、コウ」
「なんでそんな当たり前のこと、」
「いいから。ちゃんと答えて」
「……ヨウコとは、小学校のころから一緒だ」
「わたしは? わたしとはいつ出会った?」
「高校の入学式だろ。ちゃんと憶えてるよ」
「それは違う。コウはわたしとも、小学校の入学式で出会っている。だからさっきの質問は、コウの勘違いじゃない。わたしたちは、確かに同じ小学校だった」
理解するのに数瞬の時を要した。カイリはさっきから何を言っているのか、まるでわからない。さっき否定したじゃねーか。
「いや待てよ、さっき進都小学校を卒業したって、」
「卒業したのはそこ。入学したのは、コウたちと一緒の港戸南小学校。わたしとコウと、そしてヨウコとコヨミは。みんな同じクラスだった」
……コヨミだって? あの事故で亡くなったという、あのコヨミ?
「コヨミってまさか、あの山根コヨミのことか?」
「……コヨミを思い出したの?」
「いや。実は今、あの事故のことを調べてんだ。だからカイリに、小学校を訊いたんだよ」
「そこまで調べたのに、思い出せてないの? わたしはコヨミを憶えているのに」
何故カイリは憶えているんだ。
何故おれはそれを忘れているんだ。
「わたしは憶えている。コウのこともヨウコのことも、そしてコヨミのことも。でも、コウが忘れるのは仕方がないかも知れない。だって当事者だから。あの事故に、コウも巻き込まれたのだから」
……待て、まるで意味がわからない。おれが事故に巻き込まれた、だって? そんな記憶はない、あり得ない。そんなことがあったのなら。確実に憶えているはずだ。
「ちょっと待ってくれ、カイリ。さっきから何言ってんのか、まるでわからねーぞ。あの事故で亡くなった山根コヨミが、おれと一緒のクラスだったって言うのか? それにカイリまで一緒だったって? そんな記憶、カケラもないぞ」
「コウが忘れるのは無理もない。きっと、それは忘れたい思い出だから」
「どういうことだよ。説明してくれ、おれにもわかるように」
カイリは何かを決心したような顔をして。
話の続きを、ゆっくりと語り始めた。
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