もうひとりの部長



 しばらく部長はそこに佇んでいた。10年前の夏の、不幸な事故。身を呈して子供を庇った部長は、ここで死んでしまった。やはり、特別な思い入れがあるのだろうか。自分が死んだ場所というところは。

 声を掛けづらい気もするが、仕方ない。ここにいつまでもいる訳にはいかないのだから。


「それで部長、これからどうする? 部長が助けた2人を、どうやって探すつもりだ?」


「その前にひとつ訊くけどよ、小僧。その記事には、亡くなった子の名前は書いてたか?」


「そういや書いてたな。ちょっと待っててくれ」


 さっきのページをスマホで表示した。亡くなったのは、港戸南みなとみなみ小学校1年生、山根やまねコヨミという女の子らしい。

 って待て。ここっておれの母校じゃねーか。


「どうしたよ、小僧」


「いや、亡くなったこの山根コヨミって子、おれと同じ小学校だと思って」


「まさか知り合いか?」


「いや、この名前は聞いたことない……と思う」


「なんだそれ。微妙な言い方だな、おい」


「もう10年も前の話だぞ、覚えてる方が珍しいだろ。それに10年前に1年生つったら……、あれ、おれと同じ学年じゃねーか」


「てことは、他の誰かなら覚えてんじゃねぇのか? スポンジ脳の小僧と違って、マトモなヤツならよ。誰かいねぇのか、小学校からの知り合いは」


「……いるにはいるけど、今は無理だ」


 その言葉で部長は察したのだろう。自分を指差して、部長は言った。


「……はん、そういう事か。なんだな。小僧の小学校からの幼馴染ってのは」


 そう。部長の言うとおり、ヨウコだ。でもヨウコの意識は今眠ってる状態である。つまり部長が成仏しないと、ヨウコには話を聞けない。


「少しハナシがズレるかも知れねぇが、小僧。この子にはよ、今まで色んな幽霊が取り憑いてたって言ってたな」


「あぁ、もう数えてもいねーよ。とにかく、たくさんいたからな」


「その中で、このヨウコと会話できた幽霊は、ただの1人もいなかったのか」


「会話なんて出来るワケねーだろ。ヨウコには、取り憑かれてる時は意識がねーんだぞ。その取り憑いた幽霊を成仏させた後にヨウコの意識は戻るけど、ヨウコは何も覚えてない。でも何も覚えてないからこそ、自分がまた取り憑かれてたってわかるみたいだ」


「なるほど。自分が幽霊に取り憑かれてたって認識はあんのか」


「ある。それは間違いない」


 意識が戻るたび、ヨウコはおれに言う。少し申し訳なさそうな、そして悲しそうな顔をして。「ごめんね、いつもありがとう」と。


「本当によ、ヨウコは何も覚えてねぇのか?」


「どう言う意味だそれ? 部長、さっきから何が言いたいんだよ」


「俺は生前、あんな仕事してたからよ。亡くなった人間を扱うことも多かったけど。きっと霊感が全くねぇんだろうな、そういう体験をしたことは一度もねぇんだよな」


「だから、なにが言いたいんだ?」


「なんか気持ちが騒つくんだよ。自分の中にもうひとつ意識があるみてぇな感じだ。小僧のことを『小僧』と呼ぶのに、俺は当然なにも感じないんだが。しかし心のどこかに申し訳ないって気持ちがある。これは、そのヨウコって子の気持ちじゃねぇのか? まぁ、そんな風に思うわけだ。実に不思議な体験なんだけどよ」


 いやいやあんたも少しは申し訳なく思えよ。ていうかまず、誰かに取り憑く自体不思議な体験だろ。まぁいいけど。っていうか部長に期待しても無駄だと思うけど。


「さて。自分の中にもうひとつ意識が、つまりヨウコの意識を感じるってことはよ、こっちからコンタクトを取る方法が何かしらあるかも知れねぇってことだよ」


「ヨウコからそんな話は聞いたことないけどな。今まで憑いてた幽霊も、そんな話はしてなかったぞ。それより、その小学校周りを聞き込みなりで当たった方が早いんじゃねーのか?」


「ま、普通はそうだわな。で、この子の他に知り合いはいねぇのか? 小僧の小学校出身の知り合いは」


「ヨウコの他? いや、そんなの誰も……」


 いや待て、確か。アイツもあの小学校じゃなかったっけ。そう言えば、アイツは途中から転校してきた気がする。あんまりそんな話しないから、忘れていた。


「……もしかしたらいるかも知れない」


「お、話が早ぇな。そしたら今すぐここに呼んでくれ」


「いや、それは難しい」


「あん? なんでだよ?」


「ヨウコのこの『憑かれやすい』状態を知ってるのは、おれだけなんだ」


「ははぁ、なるほどな。この子のこの状態が他に漏れるってのはアレか、小僧としてはマズイわけか。でも大丈夫! 俺、演技上手いからよ!」


「信用できるか!」


 全力で拒否した。だが、それ以外に取っ掛かりがない訳で。黙っていると、ニヤリと笑った部長が言った。


「さてどうするよ、小僧? その協力者を呼ばねぇ限り、捜査は進展しないぜ?」


「何かねーのかよ、他の方法は。部長、刑事だったんだろ? 刑事的な手法、おれはまだ見てねーぞ」


「誰が刑事だ、誰が。俺は生活安全せいあん課防犯係だ。行方不明者捜索活動とかが主な任務なんだよ。クソみてーな刑事と一緒にすんじゃねぇ」


「なら、ちょうどいい。部長が行方不明者を探すって部署にいたのなら、その事故の生存者を探すくらい余裕なんだろ?」


 部長は難しい顔で、腕組みをして考え込む。ヨウコがおおよそしない仕草なので珍しい。


「色々探す手法はあるけどよ、まずはやっぱり基本の聞き込みだな。基本をおろそかにしてるヤツは伸びねぇし、つまりは仕事も出来ねぇってこった。覚えとけよ、小僧。基本に忠実であること。それが良い警察官に必要な資質だ」


「いやおれ警察官じゃねーし」


「はん、いつか職に困って小僧も任官するかも知れねぇだろ? 大人の言うことは黙って聞いとけ。つまりだ。小僧は俺の言うことを聞いてりゃいいんだよ。だからその知り合いを呼べ、今すぐにだぞ。大丈夫だ、俺は隣で黙ってるからよ!」


 絶対黙ってない顔してるじゃねーか! くそっ、ああもう面倒くせーなぁ。アイツを呼ばないと捜査は進展しない。悔しいがそれは曲げようのない事実だ。


「……わかったよ、でも電話でだ。アイツを部長に会わせるのは気が進まねーからな」


 おれは黙って、ポケットからスマホを抜いた。そして連絡先からその番号を選択する。

 捜査は進展してほしい。でもアイツには、ヨウコの状態を知られたくない。


 そんな複雑な気持ちを抱きながら、おれはアイツに電話をする。

 もうひとりのというべきアイツ。我が演劇部の部長たる、田貫カイリに。

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