威勢がいいのは嫌いじゃねぇ
「さてと。少しは落ち着いたか?」
ニタリとしたあの表情。しかし少しは落ち着けた。ここで相手のペースに飲まれるのはまずい。ここは冷静になる必要がある。
「……お陰様でな。あのな、あんたをおっさんって呼んでもそいつには聞こえねーよ。その身体の持ち主は今、寝てる状態だ。だからきっとわからねーよ」
「いや、わかるはずだぞ。さっきこの子と会話したからな、心の中で」
「は? 会話? いやいやおっさん、なに言ってんだ?」
「この子、ヨウコって名前だろ? さっき自己紹介してくれたぞ」
……絶句した。待て、待て待て!
おれはこのおっさんの前で、一度もヨウコの名を口にしていない。なのに何故。何故ヨウコの名前を知ってるんだ?
おっさんはまたしてもニタリと笑うと。蔑むような目で言葉を継いだ。
「ぷくくくく。おい小僧、背中が煤けてるぜ……?」
「いや意味わかんねーから!」
「カフェの席に着く前、話してたろ。ヨウコって、小僧がこの子を呼んでたのを聞いたぜ。つまりこの子の名前はヨウコなんだろ?」
くそっ、取り憑く前から会話を聞いてた訳か。マジに焦ったじゃねーか!
「まだまだ甘ぇな、小僧? だがそのゲロ甘っぷりは嫌いじゃあねぇな」
「うるせぇよ。何が目的なんだよ、おっさん」
「目的か? それなら明確だ。俺はある人物をずっと探してる。そいつを見つけてぇんだよ。首尾よく見つけられたらもう悔いはねぇ。とっとと大人しく成仏するさ」
おっさんはアイスコーヒーにまた口をつける。ブラックコーヒーを飲むそのヨウコの姿。それは珍しい光景だった。
「小僧の言葉から察すると、目的が達成されたら成仏して、この子の身体から出られるんだろ。小僧は今まで、この子に憑いてきた幽霊をことごとく成仏させて来たんだな」
「……わかるのか」
「当たりめぇだろ、大人なめんじゃねぇぞ。まぁ、小僧も可哀想だしな、成仏してやってもいいぜ。だから俺を手伝え、小僧。俺の目的が達成されれば、俺はハッピー、小僧もハッピー、まさにwinwinじゃねぇか!」
「えらく上からだな、おっさん。おれが手伝うのを拒否したらどうすんだ」
「ふん、別に俺はこのままでもいいんだぜ? 俺は別にひとりでも目的を達成できる。だからなにも困らねぇな」
クソ。おれは臍を噛む。このおっさんは本気だ。ひとりでも、自分の目的達成のために邁進しそうなバイタリティ。勝手をされて困るのはおれの方だ。
ここはブラフでもいい、イニシアチブを取り返さなければ。
「おっさん。ずっとヨウコの中にはいられないぞ。そのうち意識が取り込まれて、強制的に存在が消えることになる。そうなったらどうすんだよ」
「それならそれでいい。もう死んだ身だ、消えるのは怖くねぇ。それより、このチャンスを活かせねぇほうが怖ぇな。さて小僧が言うには、どうやら時間はなさそうだ。もったいないから、俺はひとりでも行くぜ?」
踵を返そうとするそのおっさんを、おれは思わず止めていた。悔しいが、こうする他ない。
「……待てよ。勝手をされると、ヨウコが困る。もちろんおれも困る」
「だろ? だから手伝えって言ってんじゃねぇか。その人物を首尾よく探し出して目的を達成すればよ、俺はキレイに成仏できるんだぜ?」
ニタリとしたあの笑い。ちくしょう、足元見やがって。
まぁいい、ここは我慢だ。おっさんは自ら願いを叶えて成仏しようとしてる。ここはそれに乗っかった方が得策だ。勝手に動かれたら何しでかすか、わからないしな。
「……わかったよ、クソ。協力してやるよ、おっさん」
「だからよ、この子が可哀想じゃねぇか。この子を『おっさん』なんて呼ぶな。まぁ、察してるとおり俺はおっさんだけどな」
「いくつなんだよ、あんた?」
「享年34ってヤツだ。小僧は今いくつだ?」
「そっちこそ、小僧はやめろ。おれはもう17歳だ」
「ほれみろ、ダブルスコアじゃねぇか! ふん、やっぱ小僧は小僧だな!」
こいつ……! マジでクソ腹立つ! なんなんだこのおっさん! 今までこんな奴いなかったぞ、チクショウ!
「ふん、まぁいいぜ。部下としては力不足だろうが、いねぇよりはマシだろう。よし、今から俺の指揮下に入れ、小僧」
「誰が部下だ、誰が! 今に見てろよおっさん、お前なんかソッコーで成仏させてやるからな!」
「威勢が良いのは嫌いじゃねぇな!」
おっさんはまたニタリと笑ったが、すぐに蔑んだ笑いをやめて真面目な顔でおれに向き直った。なんだよ、そのマジメな顔は。
「さて小僧。改めて名乗ろう。俺の名はレイスケだ。でもこの子をその名では呼ぶな。おっさん呼ばわりも論外だぞ。女の子には、敬意を払うべきだからよ」
「じゃあなんて呼べばいいんだ」
「小僧の脳ミソはスポンジか? さっき言っただろ、俺を呼ぶ時は部長と呼べってな。いいな小僧、そのスカスカな脳ミソに刻み込んどけよ」
「小僧じゃねーつってんのに……。おれはコウだ、守神コウ。それにしてもその部長って何なんだよ?」
「生前の俺の呼び名だ、今でも使えんだろ」
「おっさん、まさか演劇部だったとか言うんじゃねーだろうな」
「アホか小僧、誰がそんなこと言ったよ。俺はただの部長だ」
「それじゃ何部の部長だったんだよ」
ニヤリ。今度ばかりは蔑むような笑みではなく、少しは様になるような笑いをする自称部長。その顔のままで、部長は続けた。
「巡査部長の部長に決まってんだろ? 生前の俺は警察官だったんだよ。さぁ捜査を始めようぜ、小僧?」
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