レイスケ
部長
最近温かいなぁ、と思っていたのも束の間。日差しは日を追うごとに暴力的となり、既に夏の気配が漏れ出している。端的にいうと暑い。汗がだらだら出るほどではないのだが、それでも暑いことに変わりはなかった。
こんな日はやっぱり、キリリと冷えたアイスコーヒーが飲みたくなる。そんな訳で、ヨウコにいつものように誘われて、おれたちはまた例のカフェに来ていた。
順番なら今日はヨウコが奢る番、なのだが。席に着くなり、ヨウコはこう言ったのだ。
「アイスコーヒー2つ」
何故かピースサイン付きで店員さんに注文するヨウコ。あぁ、これはもう嫌な予感しかしない。おれは頭を抱えたくなるのを堪えて訊いてみた。
「……お前、誰だ?」
「うん? どう言う意味?」
「芝居は終わりだって言ってんだ。お前が幽霊で、その身体に取り憑いてるのはもうわかってんだよ。互いのためにならねーから、どこの誰だか早く言え」
少しだけ驚くような表情を浮かべて。すぐにニヤリと、人を食ったように笑うそいつ。これは、難敵の予感である。
「……へぇ、なるほど。良い勘してんじゃねぇか、小僧。この子はそういう体質なのか?」
「お前、どこの誰だか名乗れよ。それにおれは小僧じゃねーぞ」
「ふん、自己紹介なんざ必要あんのか? 俺はどこぞの浮遊霊ってことでいいじゃねぇかよ」
ケタケタと笑いながらそいつは言った。ヨウコの顔のままなのに、なんてムカつく笑い方なのだろうか。いやヨウコの顔のままだから、余計に腹が立つのかも知れないが。
「お前には早く成仏してもらわないと困んだよ。それに呼びにくいだろ、名前を知らないのは」
「わかってるとは思うがよ、俺は男だぞ。小僧、この子のこと男の名前で呼ぶつもりか?」
男の幽霊が取り憑くのはかなり久しぶりのことである。あの時の苦労が甦ってきた。あぁ、ほんと嫌になる。
「男の名前で呼ぶのはこの子が可哀想だろ。だからよ、どうしても呼び名が必要なら俺のことはこれから『部長』と呼べ。アクセントは『ぶ』だぞ、間違えんなよ?」
「部長?」
「アクセントが違う。ぶちょう、だ」
ニヤリと笑う自称部長。なんなんだコイツ。さっきからペースを握られっぱなし。そして心底ムカつくのは何故なのか。
「ところでよ、小僧」
「だから小僧じゃねーつってんだろ」
「お前、鏡持ってねぇか? あ、この子が持ってるか」
勝手にヨウコのカバンを漁りだす。そして目的の鏡を見つけると、再び部長はニヤリと笑う。いや、これはニヤリじゃない。ニタリだ。
「うっひょー! やっぱり可愛いじゃねぇか! さっき一瞬だけこの子と目があったんだけどよ、可愛い女子高生だなぁって思ってたんだよな。ま、気がついたらその子の中にいた訳だが」
「おいこら、ゲスな笑いやめろ!」
「はぁー、柔らけぇ。いいにおいがするしよ。天国かよ、ここは」
「てめぇ、なに揉んでんだよ!」
「自分の身体だからいいじゃねぇか」
「てめぇの身体じゃねーだろ!」
「彼女の乳を揉まれるのは嫌か? はん、心の狭い男だなぁ、お前」
「嫌に決まってんだろ! それに彼女じゃねー、大事な幼馴染だ!」
「幼馴染……? そうか、小僧の彼女じゃねぇなら問題ねぇな!」
「問題大ありだ! お前、絶対即成仏させてやるからな!」
渾身の力で睨んでやるが、相手は素知らぬ顔。ニタリとした笑みを顔に貼り付け、相変わらず服の上からヨウコの胸をさすさす撫でている。
「マジで絶対成仏させてやる……! 取り憑いたことを後悔させてやる! 空いた片手で優雅にコーヒー飲んでんじゃねーぞ!」
「ところでよ、小僧」
「話を変えてんじゃねぇ、それに小僧じゃねーつってんだろ!」
「さっきからお前、成仏成仏言ってるけどよ、そりゃ具体的にどういう意味だ? 最終的にどうなるんだよ、俺は」
「おっさんは幽霊だろ? なら成仏する他ない。それが自然の摂理ってやつだ。と言うわけで消えろ、今すぐにな!」
「……今、おっさんっつったか?」
アイスコーヒーのグラスをテーブルにゆっくりと置くおっさん。その目つきは鋭い。だがそれがどうしたというのか。
「おっさんにおっさんって言って何が悪い。あんたこの温厚なおれをここまで怒らせてんだぞ。それ相応の覚悟はあるんだろうな?」
「ふん、よく吠える小僧だぜ。こりゃあ小僧じゃなくて子犬だな」
「てめぇ、言わせておけば……!」
「まぁ待て、小僧。まずはコーヒーでも飲んで落ち着けよ。俺はよ、なにも小僧とケンカしてぇワケじゃあねぇ。それによ、仮にも俺は今、超絶美少女の見た目してんだぜ? おっさん呼ばわりはねぇだろ、おっさんは。傷付くぞ、この子がよ」
自分のことを指差して、そのおっさんは言った。その仕草もムカついてしょうがない。これはアレだ。一度そいつのことが気に入らなくなったら、何してもムカついてしまうアレである。
しかし。まずは落ち着け、おれ。そこだけはこのおっさんの言う通りである。おれは目の前のアイスコーヒーを一気に呷った。冷たいコーヒーが喉を滑り落ちていく。
……落ち着け。そしてこのおっさんの望みを探るのだ。焦っては物事の本質が見えなくなる。それは非常にまずい。
ヨウコを元に戻せるのは、おれだけなのだ。
もう一度、目の前のおっさんを見据える。しかしおっさんはどこ吹く風といった表情。唇を歪めて、何故か楽しそうに笑っているだけ。
むかつく。本当に、むかつく。こいつだけは絶対に、完膚なきまで成仏させてやる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます