最後の問題
「ところでレイコ」
「はい、何でしょう?」
アイスラテのグラスを手に持ったまま。ストローから口をゆっくりと離して、レイコは言った。
日に日に高くなる気温に、アイスラテのグラスが薄っすらと汗をかいている。本格的な夏が始まる予感である。
「……コウさん?」
「あぁ、すまん。例のなぞなぞだけど、それってどんな問題なんだ?」
よくぞ訊いてくれました。そんな表情でレイコはおれに向き直る。姿勢を正して、背筋を伸ばして。ゆっくりとレイコは答えた。
「解きたいなぞなぞは、いくつかあるのです。それでは、第1問」
アイスラテのグラスを、ゆっくりとテーブルに置いたレイコ。そのまま緩やかな口調で問題を言った。
「愛がないとできない行為。基本はベッドの上で行うこと。でも車の中でする事もある」
……は? これは、まさか。
嫌な汗が出るおれを尻目に、レイコは続ける。
「少し痛いこともあり、血が出てしまうこともある。そしてなにより、終わった後の満足感が大きい。さて、この行為とは?」
……まさかの下ネタなぞなぞかよ!
と、大声で突っ込みたくなるのをぐっと堪えた。お嬢様だと思っていたのに、これはとんだ裏切りである。そんなおれの思いを余所に、レイコはさらりと重ねた。
「私、正解はセックスだと思うんです!」
ド直球で間違ってんじゃねーかよ! しかもさらっと言ったぞこいつ!
「でもこれっておかしくないですか? そもそも『なぞなぞ』ではないですよね。それに愛がなくても出来ると聞きますよ?」
「お、おぅ。だから正解は、それじゃないんじゃないのかな……」
「セックスのほかに正解が?」
「いやだからそれは正解じゃねぇ! アレだよアレ、ヒントは抜いてもらうやつだ」
「ええと、抜くって言葉の意味はなんとなく理解しているのですが。さすがにそこまで予習は出来ていないのです。そもそも、それとセックスは違いますよね?」
「いやそう言う意味じゃねぇ、そっち方面から離れろ! ていうか、なんでそんな詳しいんだよ……」
「それは、乙女の嗜みというやつです」
えへん。控えめな胸を反らせて言うレイコ。まったく偉くないしそういう嗜みは求めていない。
「頼むから嗜むな、頼むから。おれの中のお嬢様像が壊れちまう」
「前例にこだわっていては、殻を破ることなんてできませんよ?」
「破らないでくれ頼むから! それの正解だけどな、献血だよ献血! これは、そういうジャンルのなぞなぞなんだよ!」
レイコは少し驚いた表情を浮かべた後、なるほどと呟いた。いやほんとに気がつかなかったのかよ。
「献血ですか、なるほど! 確かに言われてみれば献血ですね! 私、すっかり騙されてしまいましたね。それでは次の問題、待望の第2問です」
「いや誰も待ってねぇ!」
おれの突っ込みをまるっきり無視して。レイコは問題を出してきた。
「これをすると汗だくになる。そして何より、気持ちがいい。名前が○○クスで終わる、この行為とは?」
「エアロビクスな!」
「なんと セックスではないのですか!」
いやそれも正解かも知れねーけどな! 経験ないからわかんねーけどな! と言うわけで面倒くさいからここは黙っとこう。それに限る。
「なるほど、エアロビクスとは盲点でした。目からウロコというやつです。エアロビクスは経験があるのですが、それを活かしきれていませんでしたね。それでは次です、お待ちかねの第3問」
「だから誰も待ってねーよ!」
「裸になって2人ですること。一方が出たら終わりとなる。さて、この行為とは?」
「相撲!」
「第4問、子供はしないけど大人になるとすること。入れて欲しいと言われて、入れてあげることもある。さて、この行為とは?」
「選挙!」
なんでおれは、昼下がりのカフェでこんな卑猥ななぞなぞを解いているのか。余程、前世で徳を積んでいないに違いない。
「素晴らしいですねコウさん。私、感動しました! あんな難問をこうも鮮やかに解くなんて!」
「いやいや、普通のことだからこれ。で、次の問題は? あるなら解いてやるけど」
「それでは。残念ながら次が最後の問題、なのですが……」
「なのですが?」
「もう解けちゃいました、コウさんのおかげで!」
それは弾けるように爽やかな笑顔で。思わずドキリとするような、何故かこちらの顔が赤くなってしまうような。
とにかくそんな、鮮やかな笑顔だった。
「解けたってことは、問題を出す前にわかったってことか、レイコ」
「はい、完璧に解けました。これで心置きなく成仏できると思います」
「そうか、そりゃ……よかったのか?」
「はい、長年の謎についに終止符を打てたのです。ヒントをたくさん頂きましたが、自分で解けたことが大きいし、そして何より嬉しいです!」
「そうか。もう、行くのか?」
そうですね、少し名残惜しいですけど。
そう言いつつ少し眉根を寄せて、でも結局またすぐに笑顔になるレイコ。そのままおれに、ぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございました、コウさん。短い間でしたが、お世話になりましたね」
「別におれは何もしてないぞ。ただエロいなぞなぞを解いただけだしな」
「そのおかげで私は成仏できます。ありがとう、この恩は一生忘れません。きっと来世でもね」
レイコに手を差し出される。さよならの握手、なのだろうか。断る理由もないので、その手を握り返してやった。
柔らかで、少し冷たいその手。おれは手を握ったまま、レイコに問う。
「……ちなみにその最後の問題。どんなやつだったんだ?」
「あら、興味がおありですか?」
「そりゃあな。ここまでおれ、全問正解だぞ。ここまで来たら狙うはパーフェクト、ってヤツだろ」
「なるほど確かに。それでは、最後の問題です」
にこりと笑って、レイコは言う。
「……好きな人といるとすぐにたってしまうもの。さて、それはなんでしょう?」
おれがその答えを告げる前に、レイコは目を閉じていた。最後の問題はそれか。
それはその手の問題の中で、多分一番キレイなヤツ。
レイコの満足気な笑顔を見て、おれは思う。
レイコの来世に幸あれ、と。
──────────
「……あれ、コウ?」
「ようやくお目覚めか、ヨウコ」
「あれ、私また変になってた?」
ちょっとだけ申し訳なさそうな、いつものあの顔をして。ヨウコは言った。おれも、いつもの顔で返してやる。
「いつものやつだ。もう終わったし別に問題ないぞ」
「ほんと? 迷惑かけてない? ねぇコウ、聞いてる?」
「あぁ、聞いてるよ。すぐ終わったし、別に問題ない。カフェに来てまだ30分も経ってないからな。だから安心して、そのカフェラテ飲んでいいぞ」
「コウのおごり? わぁ、ありがとう!」
ふん、ガムシロたっぷりのラテを味わうがいい。ヨウコがどんな反応をするか楽しみだ。
その後、ヨウコと本当にどうでもいい話をした。気がつけば、まもなく日没といった頃合い。
おれは、レイコの最後の問題を思い出す。
好きな人といると、すぐにたってしまうもの。さて、それはなんでしょう。
その答えは『時間』なのだが。どうやらそれは、真実であるらしい。
無邪気に笑うヨウコを見て、おれは思う。
こんな時間がずっと続けばいいのに、と。
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