キレイ

流暢な関西弁


 そんなこんなで、今日もヨウコと共に下校中、つまり部活帰りである。ちなみに今日のエチュードは見るに耐えないカオスな出来。

 エチュードのテーマはおれが決めた「音楽」だったのだが、何故か民族音楽でメジャーデビューを目指す宇宙からやって来た3人組、というオチがどこにあるのかわからないモノに成り果ててしまった。

 宇宙人であることを巧妙に秘匿しなければならないという謎ルールがあり、人間の姿であるにも関わらず、何故か紙袋を被って演奏するという狂気のライヴである。いやもう、説明するのも面倒だ。とにかく酷かった。以上。


 さて。いつものとおりカイリは謎のバイトであり、コマもドーナツ屋のバイトがあるので、今回のメンツもヨウコと2人である。

 そんな中、カフェへの道を歩く途中のこと。いきなり目の前でヨウコが立ち止まった。必然、おれは避けようとつんのめる訳で。


「おいヨウコ、急に止まんなって」


「……ヨウコ?」


 怪訝な顔をするを見て、おれはまた大きな溜息をついた。

 いわゆるいつもの「やれやれ展開」である。いやこれは、勝手におれが名付けてるだけなのだが。

 もうこれで何度目になるだろうか。初めこそ数えてたような気もするが、いつ数えるのを辞めたのかも忘れてしまっていた。

 まぁいい。とりあえず今回も、義務を果たそう。それがおれの存在理由なのだから。


「とりあえずお前、誰だ? おれにはお前が幽霊だってことはわかってんだ。頼むから、早くその身体から出てってくれ」


「はぁ? あんたこそ誰やねん。いきなり失礼なヤツやなぁ。ちゃんと教育受けたんか、ほんま」


 ……まさかの流暢な関西弁である。久しぶりだな、こういう手合いのヤツは。今まで何人か関西弁を使う幽霊がいたが、例外なく濃いキャラをしているヤツらだった。いや、関西人がみんなそうだとは言わないけど。


「とにかく、お前の願いを叶えてやる。だからヨウコからさっさと出て行け」


「その上から目線、やめてくれへん? それに『お前』呼ばわりも。ウチにはキレイってちゃんとした名前があんねん。知りもせんヤツに『お前』呼ばわりされるんはムカつくわ、正直」


 キレイだと……? それは本名なのか?

 おれが余程、怪訝な顔をしていたのだろう。その顔を見たキレイが言葉を継いだ。


「そう、キレイや。どや、ええ名前やろ? ウチはきちんと名乗ったで。そやからこれから『お前』って呼んだら、末代まで祟ってやるから、そのつもりでな?」


 ニヤリと笑う自称キレイ。こいつはまた、大変な戦いになりそうだ。



「で、あんたは誰なん? この子の彼氏?」


「いや、ただの幼馴染だ。彼氏って訳じゃない」


「ふーん、そっかそっか。ほな別に問題ないな」


「いや待て。何が問題ないんだ。ていうかどこ行くんだよ!」


 踵を返し、歩き出そうとするキレイを咄嗟に止める。キレイは首だけで振り返る。


「この子の彼氏でもないあんたに、ウチを止める権利あらへんやろ? ウチは自分のしたいこと、勝手にさせてもらうから」


「なんだよ、そのしたいことって。手伝ってやるから、言え。願いを叶えてやるよ」


「ははーん、なるほどな。ウチを手っ取り早く成仏させようとしてんやな。残念やけど、その手ぇには乗らへんで!」


 またしてもニヤリと笑うキレイ。腹立つ笑い方だなこいつ……! しかしここは我慢だ、我慢。なんか最近、我慢ばっかりしてる気がするけど。

 ぐっと堪えて自制するおれに、キレイは言葉を被せてくる。


「あんたが困ってんのは顔見てたらわかるわ。えらい苦労してるみたいやな? でもな、ウチも困ってんねん」


「何に困ってんだよ?」


「ウチの願いは、もう達成されてるからや」


「いや達成されてないから成仏できてねーんだろ?」


 そう問うのだが。眉根を寄せて両手を挙げ、困ってるポーズを取るキレイ。リアクションがいちいち大きいヤツである。


「ちゃうねん、ウチの願いはもう叶ってるねん。でもウチは成仏してへん、つまり。自分でも本当の願いがわからへんっちゅーことよ」


「いやいや意味がわからんぞ。まずその達成した願いってのを言えよ」


 しかしキレイはそれには答えずに、代わりに別の問いかけをしてくる。


「なぁ、あんたの名前なんて言うん?」


「名前? いや今おれが質問してんだって」


「名前知らんと不便やん? だからあんたの名前、教えてよ」


「……コウだ。守神コウ」


「ふーん。コウダ言うんか。フツウの名前やな」


「いや違う、守神コウって言ってんだろ?」


「まぁなんでもええわ。とにかく、ウチ喉乾いてん。お茶でもしながら話そっか! あんたのオススメの店、連れてってくれる? あ、拒否権はないで! ウチを成仏させたいんやったらな!」


 ニヤリ。まるで人を食ったような笑みのキレイ。

 はぁ。これはまた長い戦いになりそうだ。自分の眉間にシワが寄るのを感じる。面倒くさいと思いつつも、おれはカフェへと足を向けた。


「行くぞ、キレイ。近くにカフェラテの美味い店がある」


「ラテ! ウチめっちゃ好きやわ! ほないこいこ! ラテが売り切れる前に!」


 キレイはノリノリでおれの後をついてくる。手っ取り早く終わればいいんだけど、そうは行かないだろうなぁ。

 

「ラッテッテー、テッテッテテー!」


 謎の歌を口ずさむキレイを尻目に、おれはカフェへの道を急ぐ。早く終わることを、切に願いながら。


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