ミレイ
ギブアンドテイク
「さて、一段落ついたところで。わたしはこれからバイトがある。よって、今日の練習はこれまで」
さっきのエチュードを総括したあと、カイリが言った。カイリ曰く、エチュードは近年稀に見る良い出来であったとのこと。嘘つけ、と言いたいがおれは黙っておく。
「カイリ先輩、バイトですか? あたしも最近バイト始めたんですよー。私の地元の駅前にある、ドーナツ屋さんのバイト!」
「コマちゃん、ミセスドーナツでバイトしてるの? 私、好きなんだぁ。ミセドのハニーオールドドーナツ!」
嬉しそうな顔で言ったのはヨウコ。こいつは無類の甘いもの好きなのである。
「ヨウコ先輩も好きなんですか? あれ美味しいですよねー! オーブントースターで少し焼くと、更に美味しくなりますよ!」
「今度ぜったい行くね、コマちゃん!」
「お待ちしてますね、先輩!」
「……おれも行こうかな。ドーナツ好きだし。それにミセスドーナツの制服は可愛いしなぁ。あれ目当てで行ってる客はおれだけではないはず。馬子にも衣装だ、つまりコマにもきっと……」
「…………」
まるで夏場の生ゴミを見る目で見られていた!
「ヨウコ先輩は歓迎しますけど、変態は絶対来ないで下さいね。来たら即、警察に通報しますから」
「おいコマ、まだその変態ネタ引っ張んのかよ。それにせめて先輩を付けろ、先輩を」
「これは失礼しました、
「新しい呼称を作んなよ!」
「というわけで、あたしもう行かなきゃ。では、お先です、先輩方とコウ
「わたしもバイトに行く。お疲れさま」
そう言うわけで、カイリとコマはまたしても風のように去って行った。必然、またヨウコと2人になる訳で。
「ねぇコウ、今日もお茶していかない?」
「……今回は?」
「コウのおごりー!」
あははと楽しそうに笑うヨウコ。あれ、今回もおれの番だっけ?
まぁいいか。ヨウコが楽しそうに笑うのなら。アイスラテくらい安いのかも知れない。
──────────
そんな訳で、カフェへと続く道を歩いていた時のこと。アレはいつも、なんの前触れもなくやってくる。
「あーっ!!」
「お、おいヨウコ?」
「飲みたい! 今すぐ飲みたいっ! あのジュース! ブロックパックのあのジュース!」
始まった、のか? ちょっとわかり辛いが、ヨウコはまた幽霊に取り憑かれたのだろう。
多分、ジュース好きの幽霊に。いやいやそんな幽霊いるのか、おい。
「お前誰だ。勝手に人の身体に入ってきてんじゃねーぞ」
「はぁ? キミこそ誰よ。あたしはね、キミなんかに1ミリも興味ないの。あたしの興味はひとつだけ。あの謎のジュースを今度こそ飲むことだけ。だからキミ、どっか行ってくんない?」
しっしっ。追い払うように手を振られる。なんて失礼なヤツだコイツ。おれは犬じゃねーぞ。
「お前、状況わかってんのか?」
「わかってるよ、そんなこと。この子の身体を借りてる状態、ってことでしょ? あたしはもう、とっくの昔に死んだんだからさ」
なるほど、幽霊である自覚はある訳か。それにコイツの目的も明確そうだ。謎のジュースっていうくだりは、本当に謎ではあるが。
「しっしっ。集中できないから、キミはどっか行っててよ」
「お前なぁ、ちょっとはおれの話聞けよ」
「お前はやめて。あたしにはミレイって名前があるの。次にうっかり『お前』なんて呼んだら、キミの鼻にストローぶっ刺すからね。で、ちゅうちゅうキミの脳ミソ吸ってやるから!」
いやいや何故にストローなのか。さらに深まる謎、である。コイツもしかしてアホなのか? それにストローを鼻にぶっ刺したら、まず吸えるのは鼻水だろ。
……まぁいい。任務を遂行しよう。
「で、ミレイとやら」
「なに? あたし急いでんだけど。ナンパなら他のヒマそうな人にしてよね」
「いや違ぇよ! ミレイの望みが叶うのを手伝ってやるって言ってんだ。その飲みたいジュースって何なのか、説明してくれ」
「ふん、そんなのお断りよ。なんでキミなんかに説明しないといけないのよ。だいたい、見ず知らずの男に助けなんて求めてないから」
さくっと断られた!
こいつ、取りつく島もねぇ!
「あたし、そういうの信じられないタイプなの。ほら言うでしょ? 甘い話には罠があるって」
「罠なんてねーよ、心配すんな。おれは純粋な気持ちで言ってんだよ」
「誘拐魔はみんな、そういうのよ。それに施しは受けたくないから」
「いやいや誘拐魔て。今時、誘拐なんてほぼ発生してないだろ。刑法犯認知件数って知ってるか?」
「知らないし、キミしつこい! 一体、なにが目的なのよ? 大体、キミは何者?」
思いっきり訝しむ目つきの自称ミレイ。腕組みまでして、お前の話は聞かないぜ、のポーズである。クソやりにくい。しかしおれがやらないと、ヨウコは眠ったままになる。
臍を噛む気分であるが、おれは努めて冷静に答えた。
「おれはな、今ミレイが取り憑いてる奴の幼馴染だ。ミレイには成仏してもらわないと困る。だから手伝うって言ってんだよ」
「ふーん? そういうことね。なるほど、利害関係は一致してるってことか」
一応はわかってくれたのだろうか。まだ腕組みは解いてないけれど。おれはそんなデカイ態度のミレイに言ってやる。
「そうだ、ギブアンドテイクだ。これなら『施し』じゃないだろ?」
「まぁいいわ、仕方ないからちょっとだけ、キミを信用してもいい。あたしね、どうしても飲みたいジュースがあるの。それをずっと探してるってわけ」
「さっき言ってたヤツか。それでその飲みたいジュースってのは?」
「濃厚どろりんネクタリン味」
「……は? なんつった?」
「キミ、耳がおかしいの? それともおかしいのは頭の方?」
「どっちも普通だよ! この前も別のヤツに言われたよそれ!」
蔑むような笑みのミレイ。クソ腹立つがガマンだ、ここはガマン。ここでもっと言い返したら話がこじれる。絶対に。
「で? その濃厚どろりんてなんだよ。そんなジュース、聞いたことねーぞ」
「あるのよ、あったのよ確かに。ブロックパックのジュースでね、桃の仲間のネクタリンって果実の味がするらしいの」
「らしいってなんだ、らしいって。飲んだことないのかよ。ていうかなんだそのネーミング。確実にそれ、飲み物の名前じゃねーだろ」
「飲んだことないから飲みたいっていってんの! キミさぁ、控え目に言ってモテないでしょ?」
「はぁ? 今それ関係ねーだろ?」
「うん、関係ないけど。でも絶対そうだよね、絶対モテないよね、キミ。まぁ、別にそれはいいけどさ」
「いや全然良くねーぞオイ」
さすがに文句を言いたくなるが、当のミレイは知らぬ顔で、さらには涼しげな顔をしていた。
こいつ、まるでキャラが掴めない。本当に何者だ? ただのジュースマニアなのか、こいつ。
「とにかく、ブロックパックの自販機に案内してよ。マニアックなシリーズを置いてるとこね!」
「ブロックパックってアレか。いわゆる紙パックジュースのやつか」
「そうそれ! さ、早く早く!」
「紙パックジュースて言われてもな。あんな自販機、もはや絶滅危惧種だろ。ウチの学校にもねーぞ」
と言ったところで。いや待てよ、そういえばと思い出した。そういや街中にそんなのがあった気がするな。紙パックジュースの自販機が。
「お、その顔は? 知ってんだね? ただの頭おかしい人かと思ってたけど、なかなか使えるじゃん、キミ!」
「うるせぇな、人を『使える』とか言うな。おれは道具じゃねーぞ」
「さぁさぁ、早く! 案内してよ! あたしを自販機のところにね!」
にししと笑うミレイ。腹立つ笑い方だけど、ガマンする他ない。ほんと貧乏くじだよなぁなんて思いつつ、おれは件の自販機の方へと足を向けた。
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