幕間

アンドロイドは恋に落ちない

 


「ところで博士。これは何ですか?」


 いつもの部室がわりの空教室で。開口一番、博士の助手に扮したコマが言う。

 そのコマのセリフを受けて、博士役のカイリが淀みなく返した。


「よくぞ訊いてくれた、助手よ。これは私が心血を注いで作り上げた、安藤くん4号だ」


 カイリとコマ、2人の視線のその先には。ヨウコが微笑で、直立不動の姿勢をとっていた。

 ちなみにこのエチュードのテーマは『アンドロイド』だ。さて、どうなることやら。



「安藤くん、4号?」


「汎用人型アシスタント・アンドロイド安藤くん。その4号機さ。こいつはすごいぞ、助手。なにしろここアメリカでも、私しか開発には成功していないからね」


 なんと。今回の舞台はアメリカらしい。

 即興で劇を創る。それがエチュードの醍醐味。なのでこんな風に意味のない設定が出てくることも、ままあることではある。


「博士、訊いてもよろしいですか」


「うむ、許可しよう」


「安藤くん4号ってことは、4人目の安藤くんってことですよね。それ以前のナンバー、つまり1号から3号はどこへ行ったんです?」


「正確に言うとプロトタイプの0号機からだがね。1号機は暴走、2号機は大破、3号機は侵食され破棄。そして0号機は捕食されたのさ」


「……ちょっと何言ってんのか、まるでわかんないですけど」


 コマの呆れたセリフ。多分本当に呆れているのだろう。カイリの知識は謎に満ちている。というかあいつ自身がまず謎なのだが。


「まぁいい、そんなのは些末なことさ。それより安藤くんの電源を入れるぞ、助手。後ろにプラグがあるだろう?」


「え、これですか? まさかとは思いますが博士、電源は外部からコンセントで取るんですか」


「これは安全装置を兼ねているのだよ。もし安藤くん4号が暴走したとしてもだ。可動範囲はそのコードの長さ、つまり5メートルとイコールだ。それ以上動けばコンセントが抜けて停止する。ほら、安全だろう?」


「いやいや、なんで暴走前提なんですか」


「まだ安定しているとは言い難いからね。さぁ助手、プラグをコンセントに差し込むんだ」


「いやいや安定してないて。なんか危ないなぁ。ま、いっか。暴走したら博士のせいだし」


 ガチャリと、コマがコンセントを差し込むパントマイムを行う。それによりヨウコ……いや汎用人型アシスタント・アンドロイド安藤くん4号機は起動する訳である。


「……チェック。電源の接続を確認。イニシャライズ開始」


 きゅぴん、ういいいん。そんな起動音を口で入れるヨウコ。これはエチュードなので、音響なんてものはない。しかしあまりに酷い効果音だ。きゅぴん、ってなんだそれ。


「……各部に深刻な異常なし。システムオールグリーン。安藤くん4号機、起動完了しました」


「よし、いいぞ安藤くん!」


「……チェック。画像及び声紋認識開始。ドクター・カイリーと確認しました。ご指示を」


「うむ。では私の隣にいるのは誰だね? 答えてみなさい、安藤くん」


「……チェック。ドクター・カイリーの第一助手、ジョシュ女史の生体情報の一致を確認」


 助手のジョシュ女史かよ。またわかりにくい小ネタを。ていうかジョシュって男の名前じゃねーのか? そう思うがエチュード中だ。おれは突っ込まずに傍観を決め込むことにする。


「よし。それでは続けて助手のスリーサイズを」


「上から79・60・79と記録されています」


「いや待て。なんでそんなのが記録されてんですか! しかもそれガチのやつじゃないですか! いつのまにそんなデータを!」


 ほぉ、今のはコマのガチ数値なのか。こいつぁ、オイシイぜ……! 後でイジり倒してやろう。コマよ、普段先輩をバカにしまくっている報いを受ければいい!

 心の中でおれはせせら嗤うが、コマはおれのゲスな考えを余所に芝居を続けている。


「安藤くん! 今度は博士のスリーサイズを!」


「上から77・60・78と記録されています」


「ふはははは! 2センチ勝ったッ!」


「ふん。たった2センチで鬼の首を取ったように言うとは。助手、そういう所だよ君の悪いところは。2センチなんて誤差の範囲内だ。そんなに勝ち誇ることかね?」


「たった2センチ、されど2センチ! 2センチで世界を逃すことだってあるんですよ博士! スポーツの世界ではままあることです! ふはは!」


 勝ち誇る助手、もといジョシュ。いやどっちでもいい。しかしなぜかその表情は悲しげである。

 押し殺した表情で、カイリは続けた。なんとなくだが、ひょっとして怒っているのだろうか。演技だったら大したものだけど。


「……安藤くん。私のデータベースへの接続は禁止したはずだが」


「必要であると自己判断しました」


「なるほど。自己フィードバック機能は完璧、ということか。場合によっては人間が設定した禁則さえ破る。なるほどよろしい。では安藤くん。次は助手のファーストキスの記録を読み上げてくれたまえ」


「なっ! ななな何言ってんですか博士! 安藤くん、今の命令は取り消し!」


「上位命令権者はドクター・カイリーです。ジョシュ女史の命令は復命できません。よって、ドクターの命令を優先実行。検索中……」


 少し目を閉じて考え込むような仕草。ヨウコのアンドロイドの演技は中々のものである。さっきから直立不動で微動だにしていない。さすがと言うべきか。

 ややあって、ヨウコが続けた。


「……該当データなし」


「ふん、まだファーストキスもしていない生娘に、たかが乳、それもたった2センチ大きいくらいで勝ち誇って欲しくはないものだな!」


「博士だって絶対生娘でしょーが! 安藤くん、今度は博士のキスの記録! すぐに検索して! どうせないと思うけどね!」


「……該当データなし」


「ほーらやっぱり! 人のこと言えないじゃないですか博士!」


 ぐぬぬ。そんな表情のドクター・カイリー。こういう演技は中々うまいカイリ。しかし、笑うとかそんなプラスの感情は全くダメなのである。昔から。

 ふぅ、と溜息をひとつついて、カイリはコマに向き直った。


「……助手よ。そろそろこの不毛なやり取りをやめないか。生産性がまるでないぞ、このやり取り。時に言葉は、暴力となる。助手ならわかるだろう?」


「いいえやめません。というか、さっきから1人だけ明らかに得してますよね。そう思いませんか、博士?」


「……なるほど。助手の言いたいことが初めて、言葉ではなく心で理解できたぞ! つまり、こういうことだろう?」


 カイリは、ヨウコの方に向き直った。


「安藤くん、キミの好きな人の名を言いなさい」


 ヨウコ、もとい安藤くん4号が、僅かにたじろぐ。さっきまで直立不動だったのだが。うっすら汗をもかいているように見えた。アンドロイドの演技としては失敗かもしれないが、この展開は見ていて面白い。

 明らかに動揺しているヨウコ。なるほどヨウコの好きな人、か。こいつぁいろんな意味で興味があるぜ。


「どうした安藤くん。さぁ、復命するんだ」


「……私はアンドロイドです。人を愛することは出来ません」


「ふん、何を言う。私は天才博士だぞ。人の愛をプログラムするなど造作もない。当然、キミにもその仕様を乗せてあるのだからな。そして安藤くん。キミには好きな人がいるはずだ。さぁ、答えなさい」


「そうだそうだ! 安藤くん、キミの好きな人を言うんだ!」


 ニヤリと笑うコマ。完全に面白がっている。対してカイリは無表情でヨウコに迫る。これは見逃せない展開だぜ!

 

 進退極まったヨウコは、ぽつりと漏らした。


「……エマージェンシーモード発動。諸事情により、強制終了を実行します」


 うぃーん、うぃーん。これでもかと言うほどわざとらしい音を出して、安藤くんはコンセントを抜くパントマイムを行った。

 途端にがくりと項垂れるヨウコ。そして4号機は、完全に沈黙した。



「……あの、博士。この話のオチは?」


「アンドロイドは恋に『落ちない』ってところかな」


 取ってつけた笑みのカイリに対して。


「いやしょーもな!」


 と、おれが思わずそう突っ込んでしまったのは、やっぱり仕方がない事だと思いたい。

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