最後にもうひとつだけ



「……さて少年。なにかプランは閃いた?」


「そんな短時間で閃く訳ねーだろ。おれは高校生探偵じゃねーんだぞ。でももう少し待ってくれ、言ったからには何とかしたいからな」


「ありがとね。そうやって真剣に考えてくれて」


 視線をレイカの方に向けると、パフェを綺麗に食べ終わって頬杖をついていた。その表情は優しげな微笑だ。ヨウコが急に大人になったのかと、錯覚してしまうほどに。


「どうしたんだよ、急にしおらしくなって。そんな態度、似合わねーぞ」


 おれの軽口を無視して、レイカはさらりと笑う。まるで憑き物が落ちたような笑顔だった。ヨウコに『憑いている』レイカにその言葉を使うのは、少しおかしい気もするけれど。


「最後にさ、少年と出逢えてよかったよ。少年みたいな男も居るってわかって、あたしは嬉しいな」


「待て、最後ってなんだ。おれはまだ、」


「あたしは来世で、自分から誰かを好きになることにするよ。男はみんなクズばかりと思ってたけど、

少年みたいな男も居るってわかったからね」


 レイカの表情は優しい微笑のまま。もしかしたらレイカは。普段はこういう、本当にお姉さんみたいな存在なのかも知れない。


「誰かのために真剣に悩める人はさ、誰かのことを真剣に愛せる人だと思うんだ。真実の愛っていうのは、この世に存在するのか? あたしはその長年の謎がわかって満足かな」


「いや、なに言って……」


「ありがとう、あたしにそれをわからせてくれて。これ以上、ヨウコちゃんに迷惑かけられないし、少年のおかげで来世に希望が持てたし。酷い人生で最悪な死に方だったかも知れないけどさ、最後の最後で少年たちに出逢えて本当によかった。ありがとね。本当に、ありがとう」


 それは、驚くほどに晴れやかな顔で。軽口を挟むのも憚られるほど、レイカは真剣だった。


「なぁ、理由を言ってくれよ。さっきおれに訊いただろ。何故ヨウコの傍に居続けるのかって。おれも、レイカの理由が知りたい。どうして納得したのかを」


「さっき全部言ったじゃん。少年のおかげで、来世に希望が持てたってさ。それにさ、少年。後学のために教えたげる。女の子に何か訊きたいことがある時はね。訊かずに察してあげるんだよ。あんまり訊いてばっかだと、嫌われるよ?」


 クスクス笑いながら、まだコドモには無理かもね、と続けるレイカ。訊かずに察する、か。なるほどな。記憶にとどめておこう。レイカと出会ったことを、忘れないためにも。


「でもまぁ、少年はまだ少年だしね。最後だから答えを教えてあげよう。あたしはね、来世で少年みたいな男を見つけるよ。そして恋に落ちるの。そう決めたから、もう未練なんてないよ」


 それは本当に爽やかな笑顔で。レイカが幽霊だってことを忘れるほど、幽霊には似つかわしくない笑顔だった。


「……そうか。あんまり力になれずに、すまなかった。さっきのお礼ってヤツは、ヨウコにも伝えておくよ。必ずな」


「もう伝わってると思うよ。あたしの気持ちはきっと、ヨウコちゃんにも届いてると思うな。それじゃ、あたし行くね」


「気をつけてな。それじゃ、元気で」


「それさぁ、死んでる人間への手向けの言葉じゃないよね?」


「それじゃ、来世の分ってことにしといてくれ」


 クスクス笑うレイカにつられて。おれも自然と、笑ってしまった。


「あ、そうだ。最後にもうひとつだけ」


「どうした?」


「来世であたし、幸せになれると思う?」


「……なれるよ。きっと幸せになれる。幸せが何たるかってこと、もうわかってんだろ。だから次は間違わねーよ。おれが保証する」


「そっか。少年のお墨付きなら、安心かな!」


 そこでレイカは目を閉じた。とても満足したような表情で。



「……だから、おれは少年じゃねーっての」


 気がつけばおれも、何故かまた笑顔になっていた。レイカは本当に、不思議な奴だった。


 勝手に自分で解決して、1人で成仏するなんて。おれのいた意味ねーだろ、なんて風にも思うけど。まぁいい。これでいいのだろう、きっと。


 レイカの来世に、幸あれ。まだ目を閉じているヨウコを横目にしながら。おれはそう、切に願った。



  ──────────



 レイカの気配が消えてから。おれはゆっくりとアイスコーヒーを味わっていた。カフェのテラスに吹く風は、緩やかに夏の気配を含み始めている。

 夏本番まではまだまだ遠いけれど。夏のスタートラインとでもいうべき気候だろうか。


 それからややあって。ヨウコがゆっくりと目を開ける。

 あたりを見回して、要領を得ないと言ったいつものそんな表情。


「……あれ? 私、また変になってた?」


「いつものヤツだ。もう終わったから気にするな」


「また記憶が抜け落ちてるよ。せめて憑かれてる時に記憶が残ればなぁ。ねぇコウ、今回の人は、きちんと成仏できたのかな」


「心配するな。幸せそうに成仏したよ」


「そっか。いつもごめんね」


 少しだけ申し訳なさそうにヨウコは言う。別にヨウコが悪い訳じゃないのだけど。


「あのなヨウコ。いつも言ってんだろ、謝んなって。別にお前は悪い事なんてしてねーんだし、おれが好きでやってることだからな」


「そっか。『ごめんね』じゃなくて『ありがとう』だね」


 ヨウコは笑う。別にお礼なんて要らない。ヨウコが笑っている、それだけでいいのだ。


「あー! パフェ食べてる! アイスラテもお代わりしてる!」


 テーブルに残ったパフェとアイスラテの空のグラス。それを指さしてヨウコは急に叫んだ。私だって最近食べてなかったのに! と付け加えて。


「言っとくけど、『お前』が食べて飲んだんだからな。その支払いはヨウコのだぞ」


「あれー、おかしいね? そもそも今日はコウの奢りじゃんか。『私』が食べて飲んだって言うならさ、それもコウが奢ってくれるんじゃないの? それに好きでやってるんでしょ?」


「いやその理屈はおかしいだろ! 好きなものを注文しろとは言ったけど、いくつでも奢るとは言ってねーぞ!」


「ひとつだけ、とも言ってないよね? コウは男らしいからね。二言は言わないってところ、私は格好いいなって思ってるよ? と言うわけで店員さん、アイスラテとパフェ追加お願いします!」


 すぐさま店員がラテとパフェを運んできた。予め用意してたのかと見違うほどの速さでだ。

 まぁいい。おれもお代わりをしよう。店員にアイスコーヒーの追加をお願いした。


 痛い出費だが、仕方ない。こうして楽しそうに笑う幼馴染を見られるのは、悪い気分ではない。

 新しいアイスコーヒーが、瞬く間に運ばれてくる。コースタに置かれた瞬間、氷が融けるカラリと澄んだ音がした。

 夏の始まりを思わせるその音と。目の前に座る幼馴染の笑顔。

 悪くない。純粋にそう思う。

 こんな時間が続けばいいのにと、おれは抜けるような青空に願った。


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