それを愛って言うんだよ
さて。そんな格好良いことを言ってはみたものの。『自分から誰かを好きになってみたい』という望みを叶えてやるのは、考えてみれば割りかしハードルが高い。
だいたい、人を好きになるのに理由なんていらないとよく聞く。恋はするものじゃなくて、落ちるものらしいから。
そんな短時間で誰かを好きになれるものなのか、いや恋に落ちることができるのか。出来るヤツには出来るのだろうが、少なくともおれには無理な話だ。
レイカのお願いはかなり無理がありそうだと感じて、ふと目の前に座るレイカに視線を移す。
中身はレイカなのだが、当然外見はヨウコである。なんとなく、なのだが。他の男を好きになってもらうのは、なんか困る気がする。言葉ではとても表現し辛いのだが。
「ねぇー、少年。ちゃんと考えてくれてんの?」
「ちょっと待っててくれ。今、色々考えてるから」
「早くしてよねー」
と言いつつ、何故かレイカはパフェ食べていた。
いやいやなぜパフェがこのテーブルに? それしかも、わりと高いこのカフェの人気メニューじゃねーか!
「それいつの間に注文したんだよ」
「だって暇だったし。それに甘いもの食べたかったし。あとお腹空いてたし。あ、ヨウコちゃんがだよ」
「いま完全にヨウコのせいにしたよな」
「そんなことないよ。ヨウコちゃんの心の叫びが聞こえたんだよ。あぁ、なにか甘いものが食べたい! あたしに食べさせてほしい! ってね!」
「ってね! じゃねぇよ!」
頭を抱えるおれを余所に。レイカはパフェをもぐもぐと食べている。幸せそうなその表情。くそ、人の気も知らないで……。
「ところでさ。少年とヨウコちゃんって、どういう関係?」
「どういう関係って言われてもな。こういう関係としか言いようがないんだが」
「彼氏彼女ってこと?」
「なんでそうなる。見りゃわかんだろ、ただの幼馴染だっての。ヨウコがこういう体質だからな、誰かが側に居ないと危ないだろ。だから幼馴染のおれが側にいる。ただそれだけだ」
「付き合ってないんだ?」
「小学校の頃からずっと一緒だったからな。ヨウコと付き合うとか、彼氏彼女になるとか、そんなことを考えたことはないな」
「ふうん、なるほど。ヨウコちゃんは幸せ者だね」
「幸せ? こんな体質なのにか?」
そりゃ幸せに違いないよ。そう言うあっけらかんとした顔のレイカ。何故そんなことを言い切れるのだろうか。いや、レイカの過去に比べたら、それは幸せなのだろうけど。
「まぁ、ヨウコはこんな体質だけど。生きてるって意味では幸せなのかもな。まぁ、おれも含めてだけど」
「そりゃそうだよ。幽霊のあたしが言うんだから間違いない!」
ニヤリと笑って。レイカは続けた。
「それにさ。たしかに普通の子とは違う、不幸な体質かも知れないけど。代わりに少年みたいな存在がいるじゃん。なんていうか、ガーディアン的な? それってきっと、幸せなことだよ」
「おれの存在が? いや、ヨウコはどう思ってるか知らねーけどな」
「きっと、だからなんだろうね」
「だからって?」
「少年のことがとても大切なんだよ、きっと。ヨウコちゃんにとってはさ、少年は掛け替えのない存在なの」
急に真面目な顔をするレイカ。ふざけている様子はない。だからおれも、自然と真面目に聞き入ってしまう。
「彼氏彼女になっちゃったら、いずれ別れが来るじゃん。結婚したら別かもだけど、小さい頃からずっと一緒、それで結婚までいくってのはさ、本当に稀なことだと思うんだよ」
パフェのイチゴをスプーンですくって、口に運ぶレイカ。やっぱり美味しいなぁ。なんて呟いている。
その後、レイカはゆっくりとした動作でおれに向き直る。
「ヨウコちゃんはきっと、少年と離れたくないんだよ。大事だから、大切だからそれ以上は踏み込まない。そんな関係もあるんじゃない? あたしは、そう思うな」
……そんな見方もあるとはな。ちょっとだけレイカを見直した。これが大人の目線ってヤツなのだろうか。
「ヨウコの気持ちか。訊いたことないから、わかんねーけどな。でもあれだ、ヨウコがどう思っていたって、おれはヨウコの傍にこれからも居続けようと思う。少なくとも、ヨウコがもう良いって言うまでは」
「少年はさ。どうしてヨウコちゃんの傍に居続けようとするの? そこまでして、どうして?」
「不幸な体質の幼馴染を守るのに、理由なんかいるのか? 自分の幼馴染が困ってたら、理由なんて考えずに助けるだろ」
「理由はないの、本当に?」
「わからねーよ、そんな深く考えたことなんてないからな。そうだな、うまく言えないけど。ヨウコの傍にいるってことは、おれにとって自然なことなんだよ。傍にヨウコがいないと、なんか落ち着かない。ただそれだけの理由だ、強いて言うならな」
「……それを『愛』って言うんだよ、少年。オトナの世界ではね」
ヨウコの顔をしたレイカは笑う。もう一度、イチゴを口に運びながら。そして何故か自分自身が、嬉しそうな顔をして。
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