ね、笑っちゃうでしょ?


 とりあえず。おれはわかっている情報を纏めてみる。

 名前はレイカ。生前は25歳の会社員。死因は交通事故、しかし詳細は語りたがらない。そして肝心のレイカの望み、なのだが。


「あたし、控えめに言っても異様にモテたのよね」


「お、おう……」


「あ、その顔信じてないな。本当にモテたんだから。多分、あたしの性格にみんな惚れてたと思うんだよね」


 性格……?

 すごく突っ込みたいが、なんとか堪える。レイカは機嫌よく喋っているので、ここは情報を引き出すことが先決だろう。


「あたしのモテようはほんと凄くってさ。ナンパでも相席屋でも社会人サークルでも会社でも、まぁ男に言い寄られる言い寄られる」


 レイカはアイスラテをストローでくるりとかき回した。カラリと澄んだ音がする。


「でね。博愛主義のあたしはさ、あたしを好きだっていう男と、とりあえず付き合ってみることにしたんだよ。でもね、あたしと付き合ってきた男はみんな何故か、彼女持ち、婚約者持ち、妻子持ちだったんだよねぇ」


 最後のえぐいな。それ完全に不倫じゃねーか。そう思うが、おれは口には出さない。災いのもとだからな。


「それでね。最後なんて特に酷くってさ。あたしは別に、結婚なんて一度も望んでなかったのよ。でもその男があたしに入れあげちゃってね。妻と別れるから結婚してくれって、いわゆるお決まりのパターンってヤツ。あたしは当然、拒否したんだけどさ。そしたらその男、本当に奥さんに話したらしくてね」


「それで、どうなったんだ」


「結果、あたしはその奥さんが運転する車に、見事に跳ねられちゃいました、ってオチ。ね、笑っちゃうでしょ?」


「笑えねーよ。笑っていいことじゃないだろ、それ」


「……優しいね、少年」


 自嘲気味に笑うレイカ。その顔を見たおれは、口を噤むことしかできなかった。

 あっけらかんとしている幽霊にも、こういう背景があることは、ままあることである。

 死因は交通事故。でも話を聞く限りそれは殺人だろう。相手には明確な殺意があったに違いない。そりゃ、この世に未練を残しても仕方ないと思う。


「その犯人は、捕まったのか?」


「わかんないんだなぁ、それが。だってその奥さんが運転してた車もね、電柱にぶつかってさ、すごいことになってたから。救急車も警察も、いっぱいそこに慌てて来てたな。車に跳ねられる直前にね、フロントガラス越しに見えたんだよ」


「何が見えた?」


「奥さんの、凄い形相。とても印象に残ってる。跳ねられた後あたしは、救急車に乗せてもらったんだ。そこまでが憶えてる記憶。きっとあたしは、救急車の中で死んだんだね」


「それじゃあ、望みはその奥さんに復讐したいってことか?」


「まさか。奥さんに非はないじゃん。あの事故だよ、奥さんまで死んじゃったのかも知れないし。それにそもそも、悪いのはあたしだしね」


 乾いた笑いだった。なにかを諦めてしまったような、レイカのその表情。


「これは報いなんだよ。言われるがままに男と付き合ってきた、その報い。だからあたしは、それを受け入れないとって思う」


「そうか……」


「なーに暗い顔してんの、少年。今からあたしの望みを叶えてくれるんでしょ?」


 ニカリと笑うレイカだが、それが無理に貼り付けたような笑顔なのは容易に見て取れた。無理して笑っているのは明白だ。でもそれを口にする必要はないし、おれはそこまでレイカを嫌っていない。だからおれも、無理な笑顔で返してやった。


「あぁ、そこは任せろ。おれは今まで全ての幽霊を成仏させて来たからな。さぁ、望みを言ってくれ」


 ややあって、レイカは答えた。とても恥ずかしそうな顔をして。


「あたしね、さっき言ったようにさ、男に好きだって言われて付き合って来たのね。だからさ、」


 そこで一旦、レイカは言葉を止めた。何を躊躇っているのかわからないけど。


「……だからさ。自分から、人を好きになった事がないんだよ。だから一度でいいから、自分から誰かを好きになってみたいんだ。こんな漠然とした願いでも、少年は叶えてくれるの?」


「やってみないとわからねーだろ。おれに任せとけ、レイカ」


「……少年のくせにナマイキだよ」


 レイカは笑う。ほんの少しだけ、その顔は嬉しそうなものになっていた。

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