もう人じゃないけどね
「で、レイカだったか。あんたの望みを叶えてやるよ。さぁ望みを言え。いますぐ言え。端的に言え」
「もしかしてさぁ、少年って人の話が聞けない人? それとも耳が悪いの? あ、悪いのは頭か!」
……のっけからケンカ売ってくるとはな。決定。これは面倒くさいヤツ。
「あたし言ったよね。女王様とお呼びって」
「いやそれは言われてねぇ!」
「あ、そだっけ。まぁいいや。とにかく、あたしには様を付けなさい、様を。主従関係は最初にハッキリさせておかないとね」
「ふん、しゃーねぇな。わかったよ、あんた様!」
「……へぇ、ただの童貞臭いガキかと思ったら、なかなか気骨のある少年じゃない。お姉さん、そういうの嫌いじゃないよ?」
「そりゃどーも。あとおれは少年じゃねーからな。何度も言わせんな、まったく」
「童貞ではあるんだ?」
「う、うるせーよ! どうでもいいから早く言ってくれ、あんたの望みを!」
「そうだなぁ、まずはこのアイスラテのおかわりが欲しいかな?」
「いやそういう望みじゃねーよ! あんた幽霊なんだろ? なら何か心残りがあるはずだ。未練とか、そういうやつだよ!」
「まぁまぁ、落ち着きなって少年。急いては事を仕損じる、っていうじゃん? ほら、まずはコーヒーでも飲んでさ、お姉さんとお話ししようよ。おかわり奢るからさ!」
「いやあんた金持ってねーだろ……」
ニヤリと笑い、レイカはカバンの中から可愛らしい財布をするりと取り出した。目の前に掲げてまたしても笑う。こいつ、完全に遊んでやがる。
「それはヨウコのであんたのじゃねーだろ。はぁ、わかったもういいや、なんかどっと疲れたわ」
おれは椅子に深く腰掛けて、目の前のアイスコーヒーを啜った。切れ味鋭い苦味が口の中に広がる。
あぁ、やっぱここのアイスコーヒーは美味い。と、感じ入っていたその隙に。レイカは自分のための新たなアイスラテを注文していた。こいつ、勝手に注文を!
「さて少年。あたしの次の望みを言おうか」
「いやいや違うから。それ望みじゃねぇ、ただのお願いだろ」
「だってさぁ、数年ぶりにこうして美味しいものを飲めてるんだよ。ちょっとくらい楽しんだっていいじゃん! バチは当たんないでしょ?」
「子供かよ、あんたは。まぁ一応聞いてやるけど、『次はケーキが食べたい!』なんて言ったら即成仏させてやるからな!」
「え、なんでわかったの? もしかして少年ってエスパー?」
「エスパーじゃねーよ。ただあんたがわかりやす過ぎるだけだ」
「あ! あたしを甘く見てるな! そんなわかりやすい女じゃないよ?」
ぷりぷり怒るレイカを見て、おれは思わず頭を抱えた。レイカと話してると頭痛がする。こんなによく喋り、言うこと聞かないヤツは久しぶりだ。
「ていうかさ、あたしってこれからどうなるのかな。あたしとしては、このままでも良いんだけどなぁ」
「それはヨウコが困る。当然おれも困る。だからさっさと出てってくれ」
「この子からの出方、わかんないよ。あ、これは本当だからね!」
「心配すんな。おれはもう数えられないほど、あんたみたいな幽霊たちを成仏させてきた実績がある。ある意味、凄腕のゴーストバスターだ。だから安心しろ。あんたの願いを叶えればあんたは成仏できる。そしてヨウコの身体から出られるって訳だ」
「……痛くしない?」
「ほんとに大人かよ、いくつだよあんた。今までの幽霊はそんなこと言わなかったぞ」
「死んだ時は25歳だった。あたしOLしてたんだ」
「……マジで?」
「うん、まじまじ」
これは世の中の大人像を訂正する必要があるようだ。大人も実は、おれたちとあまり変わらないのかも。
いやそんなことは置いといて。
「ねぇ、少年。望みを叶えられたら、あたしは成仏するんだよね。で、この子の身体から出て行くことになる」
「あぁ、そうなるな」
「仮にさ、ずっとこのままだとどうなるの? 望みを叶えられず、ずっとこの子の身体の中にいることになったとしたら」
「今あんたは、例外的にヨウコの中にいるんだよ。望みが叶えられないままある程度時間が経つと、あんたの存在がヨウコに取り込まれる。あんたの意識はそこでなくなる。つまり、どっちみちあんたの存在は消えるってことだ。それなら、望みを叶えて成仏するほうがいいだろ?」
これは嘘だ。勝手におれが作った設定。こうでも言わないと、ヨウコの中にずっと居続けようとするヤツが今まで少なからずいたからだ。
それ対策で作った嘘なのだが、この効果はてきめんだった。存在が問答無用で消えるのは、やはり嫌なのだろう。
「という訳でだ。おれの言うことを聞いた方があんたのためでもある。いきなり存在が消えてもいいのか?」
「うーん、それは困るな。せっかくこうして、ある意味チャンスを貰ったんだし。ねぇ少年、消えちゃうリミットはいつまで?」
「一概には言えないけど、そう長くはない」
「ふうん、そっか。なら望みを叶えてもらったほうがよさそうかな。よし、じゃあお願いするとしよう」
「それならまず、聞かなきゃいけないことがある。あんたの人となりを教えてくれ」
「いいよ。でも、もう人じゃないけどね?」
そう言うとレイカは、またしてもいたずらっぽく笑った。ヨウコがよくする、例の笑顔で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます