レイカ
ミルクはあんまり好きじゃない
「あー、美味しい! 生き返るー!」
いつものカフェのいつもの席。そこでいつものカフェラテを一口飲んで、途端に幸せそうな顔をするヨウコ。
こいつはいつも、こうして幸せそうにラテを飲んでいる気がする。羨ましいヤツだ。
「コウはまたいつものアイスコーヒー? アイスラテ、一度飲んでみればいいのに」
「ミルクはあんまり好きじゃないんだよ」
「残念、こんなに美味しいのに。でもなんで、ここのアイスラテってこんなに美味しいのかな?」
「さぁな。良いミルク使って作ってるんじゃねーのか? いやミルクの良し悪しなんて知らねーけどさ」
「何か秘密があるんだよ、きっと。そうだな、多分……」
ヨウコがそこまで言った時、おれは異変に気がついた。ヨウコが目を閉じて黙っているのだ。会話の途中なのにも関わらず。
これはまずい。非常にまずい。アレが来る前兆だ。
「おいヨウコ、大丈夫か?」
「……ヨウコ? って、あぁこの子の名前?」
こうなるとどうなるか、残念ながらおれにはもうわかっていた。
ヨウコはつかれやすい。
疲れやすいじゃなく、憑かれやすい。
目の前のヨウコは、ヨウコであってヨウコじゃない。つまり、どこぞの幽霊がヨウコに取り憑いているということだ。にわかに信じられない話ではあるのだが。
「ねぇ、少年。キミは何者なの?」
「あのな、それどう考えてもおれのセリフだからな。もういいよ、それであんたどこの誰だよ。望みは何だ? 叶えてやるから言ってくれ」
「なんか、異様なまでに手慣れてるじゃん。怖いんだけど」
「何が怖いだよ。そっちは幽霊のクセに」
「なるほど。てことは少年はさ、あたしが幽霊で、この子に取り憑いてるってわかってるんだね?」
「まぁ、不本意だけどな。いや不本意極まりないけどな」
おれは吐き捨てるように言うのだが、相手はまるで動じない。のほほんとしたいつものヨウコの顔で言う。もちろん中身はヨウコじゃないのだが。
「この子、ヨウコって言ったっけ。そんなに憑かれやすいの?」
「もう何度目か数えてもねーよ。昔からそういう体質なんだ、ヨウコは。だからおれがこうして付いている」
「なーるほどね。この子、びっくりするくらいに入りやすかったもん。ていうか、むしろあたしが引き寄せられた感じかな? 他人の身体にこうやって入るのって初めてだけどさ、存外悪くはないものね」
ヨウコの身体の中に入ったそいつは、首を捻ったり、手を開いたり閉じたりして、身体の具合を確認している様子。取り憑いた幽霊はいつも、こんな感じで身体の具合を確かめる。久しぶりの感覚なのだろうか。おれはまだ、死んだことないからわからないけど。
「あのさ、マジでさっさとヨウコから出ていってくれないか。おれたち、こんなことやってる場合じゃねーんだよ」
「残念だけどお断り。せっかく身体を得られたんだから、やっぱりいろいろとしたいことあるじゃない? ねぇ少年、手伝ってよ!」
「断る。それにおれは少年じゃねぇ」
「あたしから見たら少年だよ。高校生でしょ? その制服。それにあんたの名前も知らないしさ、だから少年って呼ぶしかないじゃん」
「おれは
「なるほど。わかったよ、少年!」
「わかってねーじゃねーかよ! お願いだからヨウコから出てってくれ、頼むから! いやむしろ拝むから!」
「嫌。頼まれても嫌。拝まれても嫌」
「なんでだよ!」
「あんたは幽霊になった事ないでしょ? だからわからないのよ、あたしの気持ちが。酷く退屈なのよ、幽霊生活って本当に」
ふくれっ面で言う、ヨウコに取り憑いたその幽霊。そんな顔をしたいのは完全にこっちである。くそ、なんか腹立ってきたぞ。
「あたしの今の気分はさ、久しぶりにシャバに出てきた受刑者ってとこかなぁ。まぁ、刑務所に入ったことはないけどね!」
そう言いつつ、にっこり笑うヨウコの姿をした誰か。もう慣れてることだが、いい気がしないのも確かだ。
こうして好き勝手にヨウコの身体を使われるのは、非常に気分が良くない。
「ま、諦めてよ少年。で、しばらくあたしに付き合って?」
「いや断る。今すぐ出てってくれ、いや出て行け」
「その断るのを断る! イニシアチブは私が握ってるのよ。少年は、私に従うしかないってこと」
「いやなんでそうなんだよ?」
「この子、ええとヨウコだっけ? 少年にとって大事な子なんでしょ? この子を無事に返して欲しかったら、私に従いなさい。従わなかったらヨウコの身体を使って、あんなことやこんなことするよ?」
「いやどんなことだよ……」
「あ、今いろいろ想像したでしょ。やだやだ、やらしい」
「そんなこと考えてねーよ! 頼むから出てってくれ、いや下さいませ! まじで何でもするから!」
「何でも? それじゃ、私に従うってことね?」
くそ……! 渋々ながらおれは頷いた。悔しいがそれ以外に取れる選択肢がない。相手は満足したように笑い、おれに告げる。
「あたし、レイカ。これからはレイカ様と呼ぶように!」
レイカと名乗ったそいつは、ニヤリと不敵に笑った。
「まずは握手をしようよ。それから何してほしいか、ひとつずつ説明してくからね。理解した? 少年?」
手を差し出しつつ、ヨウコの顔をしたレイカはまた笑う。頭を抱えたくなる気分をなんとか抑えて、おれはその手を握った。
柔らかいその手。ヨウコの温かみを感じるその手。
そう言えば、ヨウコと最後に手を繋いだのはいつだっけ。場違いなことを思いながら、おれはこれからどうするか考える。
とにかく、このレイカには出て行ってもらわなければならない。それだけは確かだった。
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