第14話
女性の悲鳴を皮切りにスタジオ内は阿鼻叫喚を渦巻く。
全ての人間の視線が一点に集中された。
当然、一樹の視線も。
「う、うそだろ」
思わずその現実を直視できない様な言葉を口にする。
だが、それは紛れもなく現実の今現在起きている最悪だ。
その光景を受け入れたくない脳を否定するように嗅覚が認めがたい現実を刺激する。
肉を焦がす腐臭は一樹の鼻を劈く。
視覚はそれをお通しするように一人の人型をずっと捉えていた。
マギー牧田と思われる人間が青色に煌めく炎の海で溺れていた。
「ひぃああ、あぁぁぁ。たす……けて」
最後にダメ押しとばかりに聴覚は確実にマギー牧田の声だと確信させる。
紛れもなく今、現実でマギー牧田は燃えていた。
「か、カズちゃん」
隣の麻衣は恐怖からか一樹の袖を掴み小さく震える。
彼女だけではない。スタジオ内の誰もがこの異様な光景にただ視線を奪われ、呆然と立ち尽くしているだけだった。
「な、なにが起きた。魔術の暴走か?いや、こんな事になるのか?」
非現実的な光景。一樹の頭の中にまた魔術という神秘が横断する。
こんな事を起こせるのは魔術以外に有り得はしないと。
だが、疑問がある。魔術の暴走では無いとしたら一体誰が。
何の目的で。マギー牧田を燃やしたのだ。
頭の中で思考しても。
それは、只の逃避に過ぎない。
今起きている現実を受け入れたくないために彼は答えが浮かばない問いに頭を巡らせているに過ぎない。
それに、一樹が気づいたのは潮崎の叫び声を聞いてからだった。
「牧田さん!」
消火器を持った潮崎が声を張り上げる。
ノズルから勢いよく噴出する消火剤が牧田に降り注いだ。
それでも、青い炎の勢いは消えない。
動けずにいた人々もそれぞれに行動を移す。
子供を抱えて避難する観覧席に居た家族。消火器を抱えて潮崎の隣で消火器を撒くスタッフらしき男性。
二人ががりでも炎は沈下しない。
しかも、他に飛び火することも無くその炎は何故か牧田しか燃やしていない。
「先生、今助けますから」
潮崎の言葉も虚しく炎に曝され続けている人型は力なく崩れ落ちた。
「カズちゃん、何あれ?なんで牧田さんしか燃えないの!なんで火は消えないのさ」
麻衣が恐怖で引きつった顔を浮かべて叫ぶ。
だが、一樹はそれに対する解を持ち合わせて等いない。
黙ってその光景を見つめることしかできないでいた。
「先生!」
やがて、炎は徐々に小さくなり牧田の哀れな姿が晒される。
決して消火剤で消えた訳では無い。
それは、その一連の出来事を目にした者ならばそう答えざる得ないだろう。
青い炎はまるで、牧田の体に取り込まれるが如く収束した。
彼の全身の皮膚は爛れ、その悍ましい顔は恐怖と苦痛で歪んでいる。
そしてなにより彼の体に一切消火剤が付着されて等居なかった。
まるで、それで人型を取ったかの様に彼の死体の周囲の床に綺麗に散布していたからだ。
それはまるで、一種の芸術作品かのようだった。
炎は消え、スタジオも静寂に包まれた。
誰もがこの光景に唖然としたのか、緊張と恐怖で頬骨が硬直でもさせているのか。
誰も彼もが何一つ一切の言葉を発しなかった。
一樹は、改めて周囲を見渡す。
彼の視界に入る人々は誰もが牧田の不可思議な死体を見つめて佇んでいる。
「なにが起きた‥…いや、誰がやった?」
一樹は、ある一人に視線をやる。
牧田の弟子である潮崎が疑っていた人物。
この番組のプロデューサーである西口だ。
だが、その彼も座っていた椅子から一歩も動かず、ただ異様なその光景を見つめているだけに過ぎなかった。
「警察、警察を呼んでください。誰か!」
潮崎が叫ぶ。
彼の声を皮切りにまたスタジオ内はパニックに包まれた。
きっと、誰もがようやく確信したに違いない。
マジックを披露したマギー牧田が炎に包まれ焼死したという唯一の現実と真実に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます