第13話

白川麻衣と共に一樹はあらゆる小道具が廊下の端に置かれた小汚い廊下を進む。

こんなところに置いていないで倉庫にしまって置けば良いのにと一樹は思った。

それら、一つ一つに張り紙がされており使用時間と番組名が書き殴られていた。

その番組名は今回一樹達が観覧する番組の名だ。

こんな出演者の通る道すがらに置いておくものでも無いだろうと、一樹はますます気分がわるくなった。

程なくして、突き当たりにぶつかり左に曲がると収録スタジオの扉が現れた。

その前では潮崎が立っており二人を出迎える。


「もう始まりますよ。はやくはやく」


潮崎は急かすように言う。

一樹と麻衣は言葉通りに彼に急かされると扉を開けて中に入る。

ちょうど観覧席の真後ろだった。

潮崎の案内の元、彼らは観覧席の真正面に回り込む。

観覧席の前にはテレビ局のカメラが数台設置されており、スタッフが慌ただしく走り回っていた。その先にはテレビ番組のセットがあり出演者達がスタッフと共に談笑していた。

当の牧田の姿は見当たらない。

観覧席は三メートル程の高さがあり、階段状に座席が並んでいた。

一樹と麻衣は一番下の端の席に通される。

後ろを見上げれば数十人の観客が番組の始まりを待ち望んでいるように見える。

当初の予想通り女性の割合が高かった。

一部で子供を連れた男女もいた。

観覧席の前では、スタッフが観客達に段取りを説明している様で一樹はその声に耳を傾けることにした。


「司会が紹介したらマギー牧田さんが現れますので、皆さん盛大な拍手でお迎えください。その後-ー-」


まるで、学校行事の説明をする教師のようだと一樹は思ったが、隣に座る麻衣は話を聞きながら大きく頷くそぶりをみせ真剣に話を聞いているようだった。

そんな、幼なじみから視線を外して周囲を見渡す。

プロデューサーである西口を探すためだ。

彼は、一樹が座っている観覧席とは反対側にある壁際に椅子を置き陣取っていた。

流石に、プロデューサーだけあって貫禄があるなと思えた。


「ねぇ、カズちゃんさっきのコンタクトって一度外すと使えないの?」


麻衣が唐突に話しかけてきた。


「いや、使えるよ」


一樹はそう返答し、先ほど外したコンタクトが入ったケースをポケットから取り出して見せた。

「それって、私でも使えるの?」


「ん?使えるとは思う。なんで?」


「いや、魔術を使うってどんな感じなのかなって?」


麻衣は舌を出しながら言った。


「どんな感じも何も実感は無いよ。俺の場合は使うって言うより使わされてるって感じ。気怠さしか残んねー」


「どういうことさ?」


「うーん。この簡易的な魔眼もそうなんだけど俺は魔術師じゃ無いから。魔術を扱う感じってないんだよな。意識的に扱いますっていうよりは、必要な魔力だけ吸い取られているだけだから」


「実感が無い?」


「うん。その術が発動しているかどうかもわかってない感じ。この魔眼に関してはさ」


「へぇー」


麻衣が興味なさそうに相づちを打つので、わざわざ何の為に聞いてきたのか問いただしたくなったが一樹はやめることにした。

大方に深い意味は無いだろう。収録が始まるまでの暇つぶし程度だ、と一樹は深く考えないことにした。

程なくしてスタッフの一人が声を張り上げた。


「本番始まりまーす。五秒前」


この号令と共にざわついていた収録スタジオが一瞬にして静寂を成した。


「4、3、2、1」


スタッフのカウントダウンがやけにスローモーションに聞こえた。

カウントダウンが終わると、司会の男性がリズミカルに話し始める。

そして、早々とオープニングが終わると直ぐに目下の人であるマギー牧田が紹介された。

セットの奥にあるアーチ状のゲートから白い煙が噴出しテレビの演出を盛り上げる。

その煙からマギー牧田が現れるとスタジオ内は一気に盛り上がりをみせた。

一樹は事前に見ていたので反応は小さかったが、司会者を初めスタッフや観覧者は笑い声や驚きの声をあげる。

その原因もマギー牧田の顔に施されたピエロ風ペイントのせいである。

観客やスタッフが牧田に視線を送り続ける中、一樹は西口に視線をやった。

彼が指示をしたというペイント。笑われている牧田をみて彼はどう思っているのだろうかと観察する。

しかし、以外と西口は表情を崩さずただ牧田を見つめていた。

眼を細め訝しむようにただ、無表情で。


「今何かと話題ではありますが、牧田さん自身どうお思いですか?」


司会者が牧田にマイクを向ける。


「そうですね、話題にあげていただけるのは大変嬉しいですがその方向があまりよろしくない」


牧田は苦笑しながら答えた。


「ところで、そのペイントに何か意図はあるのでしょうか?」


「意図なんて大層な趣向ではないです。ただ、純粋に私が今から行う神秘と奇術をご覧いただけたら」


そう言うと彼は笑みを浮かべる。

ピエロ風のペイントのせいかその顔の印象は酷く怪しい。

まるで、ホラー映画そのもので子供を誘拐する悪役そのものだ。


「では、マギー牧田さんの至高の奇術を皆さんにもご覧いただきましょう。どう

ぞ!」


司会者の声と共にスタジオ内は暗転する。

直ぐに、セットの中心で手のひらほどの怪しく光る炎が顕れた。

揺らぐ炎に一つの顔が浮かび上がる。ペイントを施した牧田の顔だ。

一瞬、スタジオ内が短い悲鳴があがる。

一樹の隣に座る麻衣も「ひっ」と声をあげた。

これが、ホラー映画なら満点の演出だ。

牧田の顔前の炎に彼は短く息を吹きかけると瞬く間にそれは消失する。

次には牧田の両手の平から拳ほどの炎が何の脈絡も無く顕れた。

先ほどまでの悲鳴とは違いお「おぉ」と歓声が上がる。

彼は、両手の炎をボールのように操りジャグリングを行う。

二つの炎がまるで意思を持ったかのように軽快に彼の手から手へ、そして宙に舞い上がってはまた両手を行き来する。

その不可思議な光景はしばらく続くと、二つの炎は彼の両手に収まる。

それらはまるで、蝋燭の火が消えるか如く切なく揺れて消えていく。

その光景に一樹、そして麻衣や観客達も視線を奪われた。

直ぐにスタジオ内が盛大な拍手で包まれる。


「すごい」


麻衣が零すように呟いた。

しかし、彼の奇術は終わらない。

牧田は観客席に向け手を翳すと先ほどより一回り小さい火球が六つ飛び出す。

六つの火球は風船の様に観客席へと揺蕩う。

その一つが一樹達の真上に来ると確かにそれに熱量を感じた。

見せかけの紛い物で無く間違いなくアリスによって与えられた魔術の具現。

一樹は自然とそれを、それらを目で追った。

他の観客達も火球に視線を奪われる。

火球達は観客席の真上でグルグルと円を描く様に飛び回る。


「カズちゃん、魔術ってこんな事もできるの?」


隣の麻衣が驚きの声を上げる。


「俺に言われても困る。でも、現にできているんだから可能なんだろ」


「反応うすいなぁ」


麻衣は火球を見上げて言った。


「いや、だから魔術は廃れたんだなって思っただけだよ」


一樹も火球を見上げながら言った。

円は次第に小さくなっていき最後は一つに交わるように一つに収束していくと巨大な火の玉ができあがる。

またしても、観客から歓声と拍手が飛び出す。

巨大な火球は次第に色を変えていく。

燃え上がる火の赤から正反対の青や緑、黄色へと変貌させ色鮮やかな幻想を映し出す。


「わぁあ」


麻衣は感動の声を漏らし、一樹もその幻想的な光景に意識を奪われそうになる。

スタジオ内の観客、いや会場内のスタッフもそれを見上げ恍惚の声を漏らすばかりだ。

火球は色を変えながらその姿を収縮させ、次第には暗闇に消えていくかのように消滅し一樹達の視界は闇に飲まれ、またしてもスタジオ内は拍手に満たされる。

余韻だろうか、暗闇の中人々の喧噪はなりやまない。

そんな中でスタジオ内の明かりが灯された。


「すごかったね、カズちゃ―――」


瞼を擦りながら言った麻衣の言葉を遮るように。


「いやああああああ」


女性の悲鳴がスタジオ内に木霊した。

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