第12話
テレビ局の雰囲気は独特の物があると思っていたが、それを感じたのは初めの極僅かな時間だけであった。
人が慌ただしく動く様は何処にでもある風景だと白川麻衣は感じた。
牧田と話がしたいと言った一樹を残して麻衣は部屋の前で待っていた。
真っ白な廊下には乱雑に道具が置かれており、清潔感とはほど遠く室内の装飾はごった返していた。
単純に汚い、という思考が彼女の頭を過る。
私だったらもっと綺麗にするのに、と当たり障りのない考えをぼんやりと浮かべていた。
ある意味この空間に相応しい。シャツ一枚にジーンズを履いたスタッフであろう男性が慌ただしくマギー牧田の控え室に入っていった。
程なくしてスタッフと牧田は部屋をでてきた。
牧田は麻衣を一瞥すると長い廊下の奥にスタッフと消えていく。
マネージャーの潮崎は「先にいっています」と彼女に言うと、彼らの後を追っていく。
麻衣はそれを視線で追いかけた。
「あーあ、失敗だ」
悪態をつきながら一樹が控え室から出てきた。
彼は目元を掻いた。
「どうしたの?」
麻衣は素朴な疑問を口にした。
「ん?いや、付け焼き刃は所詮付け焼き刃って事」
「だから、どういう事さ?」
「コンタクト」
一樹は、片手で目元を広げると空いたもう一方の手を器用に眼球に当てた。
言葉通りコンタクトレンズをつけていたのだろう。
麻衣は彼の指先を凝視するとコンタクトレンズが乗っていた。一樹はそれと同様の動作でもう片方の目からそれを取り出そうとするが、中々外せないのか「あっ」と声を上げ眼球をぐるぐる回し数種類の変顔を披露した。
「どうしたの?」
「コンタクトどっかいった。い、いてぇ」
しばらく一樹は顔を歪に歪ませ続け悪戦苦闘しながらも、片方のコンタクトレンズを外す事に成功した様子だった。
「どうしたのそれ?」
「あー、アリスから借りたんだ。高かったんだぜ?」
「もう、話がみえないよ」
中々自分の問いに明確に答えない一樹に麻衣はいい加減に腹が立った。
なんだか自分が馬鹿にされている気がしたからだ。
麻衣は彼の腕を掴むと前後に揺らして悪態をついた。
「わかった、わかった話すからやめてくれ」
「じゃあ、話してくれる」
「話すよ」
麻衣は掴んでいた腕を離した。
「このコンタクトレンズは、魔眼だよ。うーん、邪眼って言った方がいいのか?」
「魔眼?」
聞き慣れない単語に麻衣は首を傾げた。
アリスに借りたというのなら、それも魔術の一種なのだろうかと思った。
「あぁ、簡単に言うと眼で見たモノに呪いをかける」
「え?こわい」
麻衣は純粋な感想をもらした。
「で、このコンタクトはその魔眼。呪いを簡易的に発動できる」
「呪いを牧田さんにかけたの?もし、成功したら死んじゃうんじゃ?」
麻衣の言葉に一樹は吹き出した。
やはり、馬鹿にしていると感じた麻衣は顔を真っ赤にする。
「違うよ。俺も受け売りだから偉そうなことは言えないけど、発動する術にも種類
がある。このコンタクトの場合は相手を魅了するんだ」
「魅了?魅了ってえ?カズちゃんが牧田さんを魅了?え?え?」
一瞬、脳裏に想像もしたくないヴィジョンが浮かぶ。
それを、振り払うように彼女は顔を左右に振る。
「お前、なんか変な事考えてない?」
呆れた様子で一樹が睨んできた。
「い、いや。何も考えてないよ。変な事なんてこれっぽっちも」
「一応言って置くけど魅了と言っても、相手を性的に誘惑するモノじゃ無いぞ?」
「わかってるよ!」
麻衣は歩きながら地団駄を踏む。自分でも器用だと思った。
「まぁざっくり言うとだ。相手の心を開かせるものだ」
「拘束したりはしないの?」
「どういった意味で?」
「え?だから違うよ肉体的にじゃなくて、精神的に動けなくするみたいな?」
自分でもよくわからないが麻衣は思った事を口にする。
魅了するというのだから相手を骨抜きにするだとか、そういう意味合いだと思ったからだ。
「それは、違う。本物の魔眼で尚且つ普通の魔術師であれば耐性のない一般人なら簡単に口を割らせる事ができるだろうな」
「じゃあ、カズちゃんが失敗したのはコンタクトレンズで擬似的に魔眼を再現しただけだから?」
「それもあるがもっと根本的な話だよ」
「なに?」
「俺に話術が無い」
一樹は苦笑しながら言った。
麻衣はなんだかその顔が可笑しくて笑いがこみ上げるのを必死に堪えるので精一杯だった。
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