第11話
一樹が喫煙所からロビーに戻ると麻衣は両手に袋を抱えていた。
「見て、いっぱい買っちゃった」
心底嬉しそうに言う幼なじみに一樹はため息をついた。
「普通さ、最後に買わね?今から収録みるのに邪魔だろう?」
至極当然の事を言ったつもりだったが麻衣は「あっそうか」と気にもしていないようだった。
「まぁまだ少し時間はありますし、購入した荷物は牧田さんの楽屋においてもらう様に頼んでみます」
「わぁ、ありがとうございます」
潮崎の提案に麻衣は直ぐに便乗した。一樹は「すいません」と頭を下げた。
一樹達は、ロビーのゲートを抜けエレベーターに搭乗した。潮崎は三階のボタンを押した。広々としたエレベーター内は窮屈さを感じさせることはない。直ぐに目的の階に到着すると潮崎の後をついて行く。
「ここです」
と潮崎は扉の前で立ち止まった。ここが牧田の控え室の様だ。ネームプレートにも
「マギー牧田様 控え室」と書かれていた。
潮崎は扉を数回ノックすると「失礼します」と言ってから扉を開けた。
広さ十畳の室内は扉から向かって左側の壁は鏡張りになっている。ここでメイクをするのだろうと一樹は思った。
ちょうど、マギーもその最中だったらしく鏡を睨めつけては自身の顔にメイクを施していた。流石の麻衣も空気を読んだのか無言で部屋の隅に購入した荷物を置くと一樹達に隠れるように後退した。
「師匠、アリスさんの弟子がお見えになりましたが?」
一樹は弟子じゃないと内心悪態をついた。
「おお、そうか」
牧田はメイクの道具を置くと一樹達の方へ向き直った。
TV用のメイクだろうか、顔は白塗りで鼻は赤く塗られていた。
前にテレビで見たときはこんなメイクしてなかった筈だがと一樹は首を捻った。
「かわいいですね」
麻衣は牧田のメイクをそう評した。
「かわいい?」
思わず声に出してしまい一樹は、ばつの悪そうな顔をした。
「かまわんよ。これは西口の指示だからな」
「なんでそんな事する必要があるんですか?それじゃあ本当にピエロですよ」
潮崎は声を張り上げた。ピエロの様なメイクをした牧田は文字通りピエロを演じているようなものだ。
「ちょっと、牧田さんと二人で話がしたいんだけどいい?」
「かまわんよ」
潮崎は一瞬困った顔を浮かべたが、牧田は了承した。
釈然としない様子で潮崎は楽屋を出ると、麻衣もそれに追随した。
楽屋には一樹と牧田だけになった。
「なにかな?」
牧田は顔こそピエロのメイクをしているが憮然とした態度だった。
「牧田さん、あんた西口って言うプロデューサーと旧知の仲らしいけど?」
「あぁ、そうだよ。そもそも、私がアリスさんに魔術をもらって最初にテレビ出演の話を持ちかけたのは西口だ。あいつも最初は受けるかどうかと半信半疑だったがこの結果さ。今では根も葉もない噂で落ちぶれているがね。私は必ず舞い戻るさ」
牧田は静かに、だが熱意のある口調で答えた。
「その、変な事聞くんだけど仲はいいのか?」
「どうかな?悪かはないと思うがね。私は懇意にしているつもりだよ。彼が実際の所どう思っているかは知らんがね」
一樹は牧田の顔を観察した。彼の言葉に嘘は感じられないように思えた。
「君は何が聞きたいのかね?」
「いや、その」
一樹は言葉に詰まった。完全に情報が無いこの状況。一樹の今の原動力は連続焼死体の犯人を突き止める事だ。
現状、魔術が使われているという憶測。
犯人は、牧田もしくは西口という憶測。
先ほど、得意げに麻衣に話していた癖に何一つロジックを構築できていない自分が急に恥ずかしくなった。
「君も、私が例の事件の犯人だと言いたいのかね?」
「そういう事じゃ無いっすけど」
「冗談だよ。私もねネットで自分がどう言われているかなど知っているさ。そして、事件についても私なりに調べてもみた。君にこんな事を言っても何も意味は無いが。私は犯人では無い。そして、犯行には魔術が使われていると私は思う。まぁ、座りたまえ」
牧田は手でまぁ座れと合図する。一樹は言葉に甘える様に土足の足を玄関に放り出し座敷に腰掛けた。
「魔術が使われているって、なんでそう思うんだ?」
率直な疑問を一樹には投げつける。
その視線は牧田の目をしっかりと見据えていた。
牧田は机に置いた煙草を取り出し火をつけた。
「実際に現場を見た。三人の被害者が遺棄された場所は何処もバラバラ。しかし、どこも周囲に火の気の立つモノは無い。生きたまま燃やされたという報道も正しいだろう。常識なら不可能だろう。なら、常識の外にある魔術の存在を知っている者ならば自然とその答えに行き当たるはずだ」
「複数犯の可能性は?例えば数人で女性を取り押さえて、ガソリンを浴びせたとか」
「それはないだろう。現場にはそもそも何も残されてはいなかったからね。科学的に何も発見されなかった」
牧田は大きく煙を吐き出した。
吐き出された煙はゆらゆらと揺れて天井に霞んでいった。
「詳しいっすね」
「まぁね。ある意味で私は事件の当事者だ。ネットの噂もいずれは沈下するだろう。無責任な事を言う奴らはその内興味を無くすだろうね」
牧田の言葉に一樹は頷いた。
責任のない立場からの発言ほど強いものはない。
それが、正であろうと誤であろうとその是を問いただす者もいなければ、それを問いただす権利を持つ者など居ない。
悪意の無い悪意。
それを見極める責任は言葉を受け取る当事者に委ねられる。
これほど、窮屈な事は無いだろう。
鵜呑みにしてはいけない情報が世の中には溢れすぎている。また、それを処理する力は個々に依存するのだから。
自由と豊かさを謳うネット環境は実のところ不自由が過ぎる。
知らない誰か、見えない誰かに監視されるというのは居心地の良いものでは無いだろう。
「ところで、君はアリスさんの部下だろう?」
「え?あぁ」
牧田は話題を別の方向へと家事を切った。
突然の事に一樹は曖昧な返事をした。
「あそこの事務所は探偵事務所の看板をいつまでも掲げて入るが、その役割は満たしていない」
一樹は黙って言葉を聞いていた。
潮崎のように事件の犯人を突き止めろとでも言うのだろうかと内心期待すら抱いた。
「でも、君は探偵でもなんでも無いだろう?」
「そりゃ、そうだけど」
「なら、なんで事件の事に首を突っ込もうとするんだね?」
「それは、その」
牧田の問いに一樹は顔を顰め、言葉が喉でつっかえた。
彼の言葉が一樹の根底を揺らしてしまったからだ。
誤魔化すように一樹は煙草を取り出し火をつけた。牧田も何も言わずに二本目となる煙草を取り出す。
お互いに言葉を発さず、沈黙が続く。部屋の中には煙が重たい空気を察してか充満するように漂い続けた。
「すいません、牧田さん出番です」
扉をノックしたと同時。牧田の返答を待たずに楽屋の扉が開けられた。
Tシャツにジーンズ。ヘッドフォンの様な物を頭からつけた一人の男性が入ってきた。
手には冊子の様な物が丸められて握られている。
彼の出で立ちから一樹は番組のADだと判断した。
それは、正解の様で牧田は吸い始めたばかりの煙草を灰皿に押しつけると、重たそうに腰をあげた。
「君の行動は無責任な発言を繰り返すネットの住人を何ら変わり無いように私は思えるね」
部屋を去る間際、牧田は吐き捨てるように言った。
一樹は只、煙草の煙を黙って見つめていた。
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