第10話
テレビ局の玄関ロビー。
出入り口の自動ドア周囲はガラス張りになっており、外からでも中の様子が覗える。
白を基調とした内装は、清潔感というより潔白感を醸し出しいた。
ロビー内を闊歩し首から社員証をぶら下げた男女は、正しい姿勢でロボットの様にキリキリ動いている。彼らの服装からも姿勢まで見られるという事に馴れているのがよくわかる。
ロビーに併設された売店コーナーには、局のマスコットキャラクターのキーホルダー等が売られていた。地域の局と言うこともあってかご当地グルメのお土産も散見していた。
そんな中で出入り口の前で一人落ち着かない様子の男が居た。
潮崎だった。彼はその空間内で唯一浮いた存在だった。
腕にはめた時計で時間をしきりに気にしている様。
「誰か待っているようだね?」
潮崎は後方からした声に背中を震わせた。
彼が振り向くと牧田が出演する番組のプロデューサーである西口の姿があった。
「な、なにか?」
「なにか?じゃないよ君。誰か待っているのかって聞いているんだ」
西口は苛ついた口調で言った。
他の社員同様に首から社員証をぶら下げてはいるが、出で立ちは至ってラフな格好だった。
西口は履いているサンダルで床をならし潮崎の返答を待っていた。
「あ、いえ今回の収録に知人を招いているので待っているんです」
潮崎は答えた。
「ふん、最近おたくの師匠も悪い噂が広まっているらしいからねぇ。今回の出演で人気が戻るといいねぇ」
西口は顎髭をさすりながら口元をつり上げる。
言葉にも無いことを言うと潮崎は思ったが口に出すことはしなかった。
「西口さんはどうしてこちらに?」
「いや、話題沸騰のマジシャンのお弟子さんの姿が見えたもんだから、つい声をかけてみただけだよ」
「そうですか。では、僕は人を待ちますので」
潮崎は一礼すると西口に背を向けた。
彼にしてみれば早くどこかに行って欲しいという面持ちだった。
西口は、潮崎の気持ちを知ってか知らずかしつこく会話を続けようとした。
「しかし、今日の収録は無事で終わるといいねぇ」
「それは、どういう意味ですか?」
潮崎は慌てて振り返る。しかし、西口は既に潮崎に背を向け片手で手を振り歩き出していた。潮崎は黙ってそれを見送る。只、彼の視線は西口の腕に填められた禍々しい腕輪を鮮明に捉えていた。
*
一樹と麻衣がTV局に到着したのはその30分後になる。
麻衣はTV局の建物を見て「綺麗だね」と感想を漏らした。
一樹もそれには同意した。ロビー内の清掃が行き届いていると感じた。
入り口の自動ドアを抜けると潮崎が待っていた。
勿論、その姿は外からでも確認できていた。
「綺麗な建物ですね」
麻衣が口を開いた。一樹はそっちの事かと思った。
「はぁ、そうですね」
潮崎は気の抜けた返答をした。
「収録まであとどのくらい?」
「一時間くらいあります。前の収録が押してまして」
潮崎が時計を見ながら言った。
「じゃあ、私色々みて回るね」
麻衣は売店の方へ足早に歩いて行く。
取り残された形となった一樹は潮崎に喫煙所の確認をした。電車に乗ってから一時間弱。煙草を吸いたくて仕方が無かった。
ロビー奥にあるゲートを抜けて突き当たりを右に行くとあるというので、潮崎は簡易用の入場カードを受け取るとゲートに向かって歩き出した。
ゲート前にいる警備員にカードを見せ、ゲートを抜ける。
そこから少し長い廊下があった。壁にはこのTV局で放映しているニュースやテレビドラマなどのポスターが一面に張り出されている。そういった類いに興味が無い一樹は一瞥もくれずに喫煙所に向かう。
突き当たりを言われたとおり右に曲がると天井からぶら下がったプラスチックの案内板に喫煙所のマークを見つけ、早々にポケットから煙草を一本取り出し口に咥えた。
屋内にある喫煙スペースは四方を壁で囲い廊下部分と間仕切りされていた。
押しボタン付きの開閉扉を開け中に入ると一樹は咥えた煙草に火をつけた。
こんなもの作るなら外に作った方がよほど健康的だろうなと不釣り合いな事を浮かべながら無機質に音を響かせる換気扇の音を聞いていた。
幸いにも他に人はおらず、一樹は入り口から一番遠い場所に陣取ると大きく煙を吐き出した。一本目の煙草を灰皿に押し込むと直ぐさま二本目を取り出し火をつける。
それと同時に喫煙所の扉が開き一人の男が中に入ってきた。
首からぶら下げた社員証で彼がTV局の人間だと言うことがわかる。
男は羽織ったジャケットから煙草を取り出し一樹の方を見た。
「君、社員じゃないねぇ。見ない顔だけどまさか潮崎の知人かい?」
「え、まぁそうですけど」
「え?本当に?じゃあ君も手品に興味があるの?」
男は驚いたのち嬉しそうに聞いた。
「いえ、自分はあまり」
「へぇーそう」
男は一樹の返答にまるで興味がなさそうだった。
自分から聞いてきたくせにと腹を立てたかったが煙草を吸いたい欲求の方が今は勝った。
一樹はその男を観察する。首からぶら下げた社員証には西口と書かれていた。
まさかとは思ったが一樹は聞いてみることにした。
「ところで、あなたは牧田さんがこれから収録する番組のプロデューサー?」
「ん?まぁそうだけど?」
「え?マジか」
今度は一樹が驚きの表情を浮かべた。
どうしたものかと煙草を見つめる。こうも簡単に目的の人物に出会えるとは思ってなかったからだ。潮崎が言うには西口が怪しいと言うが彼の妄想と言い切れるほどに証拠も何もない。
「最近、物騒ですよね。牧田さんもネットでアレコレ言われてるみたいですし。大丈夫なんすか色々?」
我ながら失礼な言動だと一樹は思ったが他にいい言葉が思い当たらなかった。
「まあね。只、手品ってのは年々人々の興味を駆り立てるには不得手になった。君だって手品をやると言われたらまず種を明かそうとするだろう?」
「まぁ、そうですね」
「入り口から間違っているんだよ。見る側は純粋に驚いたりしてはくれないのさ。起きた事象に対してまず何故?から入る。そこに驚きなんて無いんだ。自分が納得しなければ気が済まないんだよ」
西口の言っている事はもっともだと一樹は感じた。
世の中知らない事の方が少ない。というよりは知らない人がいない。が正しいのだろう。
インターネットで検索をすれば大抵のことはわかってしまう時代なのだ。
種があることを知っていて尚且つ、それを解き明かさなければ気が済まない。
ババ抜きで誰がジョーカーを持っているか把握していなかればゲームを始めない様なものだ。人は知らずに傲慢になってしまったのだ。起きた事象に対して考える知恵と術を持っていると言った方が良いかもしれない。決してそれが悪いこととはいえないが、それに伴い廃れていくモノもあるのだろう。
「君に一つ面白いモノをみせてやろう」
西口はそう言って一樹の前で両手を広げてみせた。
彼の吸っていた煙草は既に灰皿の中に沈んでいた。
一樹はその両手をまじまじと見つめる。特に仕掛けはなさそうだった。
袖口に何か隠しているのかと考えたが、そんなものは無駄だった。
西口は直ぐに腕をまくり何もないことをアピールする。太い腕には禍々しい腕輪が填められているだけだった。
「何もないさ」
西口はそういうと両手を自身の顔の前で摺り合わせた。「ふんっ」と気合いの入った声をあげると一樹の前髪が一瞬靡く。
すると西口の両手から野球のボール程の大きさをした火球が現れた。
「どうだい?」
西口は得意そうな顔をした。「すごいですね」と一樹は曖昧に返事をした。
と同時にこれは間違いなく魔術だと確信をした。根拠はなかったが。
「これくらいの事は、俺でもできる」
と西口は煙草を一本取り出すと、口に咥えたそのまま右手を広げたまま煙草の先端に近づける。再び彼の手のひらから火が噴き出すと西口は煙草の煙を吐き出した。
「それは、手品ですか?」
「あぁ、手品だよ」
「仕掛けはあるんですよね?」
一樹は西口の目を見つめた。
「そりゃ、あるよ。今でこそテレビ局でプロデューサーなんかやっているけどね、こう見えて大学時代は手品サークルなんかに入っていたものさ」
西口は得意げな顔で煙草を吸う。一樹も煙草をもう一本取り出して火をつけた。
「そうなんですか。あぁじゃあ牧田さんとはもしかして同じサークルに入っていたとか?年齢も近そうですし」
「へぇーよくわかったね」
一樹は適当な事を言ったつもりだったがどうやら正解だった様だ。
西口は機嫌が良いのか話を続ける。
「俺と牧田は同じ大学でね、彼は浪人して一年後輩だったんだ。まぁ、でも牧田は才能にあふれていたよ。手品で有名になるなんて当時はよく言っていたもんだ。俺は現実的じゃないって言って今ではテレビ局で働いているわけだけどね」
「仲いいんですか?」
「どうだろうね。少なくとも俺は当時、いや今でも彼に嫉妬しているよ。今の炎を出すマジックが彼本来のものでなくても、こうして世間から脚光をあびているんだから」
「本来のものじゃないっていうのは?」
「あぁ、元々あいつはトランプを使った手品が得意でね、今時のテレビ的に言うと地味だ。ただ技術は素晴らしかった。できればそっちの方で有名になって欲しかったよ」
柄にもないことをしたと西口はため息を吐くと「失礼」と言って喫煙所の扉を開けた。
一樹は黙ってその背中を見送るだけだった。一人に残った喫煙所は相変わらず換気扇の音が響いていた。
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