第9話

古めかしい建築物の間にある狭い路地裏。

空は暗転し、煌めく星々はこの時を待っていたと言わんばかり自己を表現するかの如く光を放ち点在していた。一際多きく映る月はあぐらをかいているかのようにふんぞり返る。まるで、夜空を牛耳る支配者のようにその存在感を誇示していた。

男は、そんな夜空の視線を嫌ってか薄暗い道を縫うように歩いて行く。


「アンタが探してんのは俺かい?」


男は声の方へと振り返る。

一人がようやく通れる狭い路地、振り返った先には奇妙な出で立ちをした一人の男座り込んでいた。

今し方自分が通った筈の道を、この男はどうやって現れたのだろうか?という疑問は消え去りある種の確信にかわる。

この奇妙な男こそが自分の探していた人物に相違ないと。


「あぁ、俺はアンタを探してた。君だろう?魔術とやらを売っているというのは。俺にも一つ売ってくれないか?」


恐る恐る奇妙な出で立ちの男に歩み寄る。噂には聞いていた魔術という存在。

そんな非現実的なものが、存在するわけがない。

だが、男はそんな幻想に縋るように懇願した。

そして、異様な雰囲気を纏った彼には幻想を現実に変える力を纏っているように思えて仕方がなかった。


「いくらだ?」


二人の距離は、ほんの手を伸ばせば届く距離にあった。


「いや、金はいらん。その代わり質問に答えてくれ」


「ああ、いいだろう」


安いもんだと男は同意した。


「魔術を手に入れて何をする?」


「簡単なことだ。あんな奴より自分が優れている事を証明したいだけだ」


「はは、小さいな」


「なに?」


自身の目的を嘲笑う様にされては流石に苛立ちを覚えた。

だが、ここでこの奇妙な男の機嫌を損ねるのは好ましくないと判断したのか、すぐに言葉を引っ込める。


「賢明だ。ほら」


座ったままの奇妙な男は口元のつり上げて、一つの腕輪をこちらへと放り投げた。


「それをつけるだけで魔術は扱えるようになるだろう」


「あぁ、すまない」


投げられたそれを慌てて受け取り、視線をあげるが既に奇妙な男の姿は何処にも見当たらなかった。



駅の改札口付近には人が散見していた。

平日の昼下がりということもあって、混み合っている等ということはないだろう。

目的地までは距離がある。時間にして一時間弱。

そんな長い間、立ちっぱなしというのは精神的にキツいものがあった。

だが、この人の量ならば問題なく席に座ることはできるだろうと無用な杞憂を振り払うかのように一樹は首を横に振った。


「なんだか、楽しみ。テレビの観覧なんてそうそう経験できないよ」


一樹とは対照的に麻衣は目を輝かせながら言った。

暢気なものだ、と一樹は悪態をつきたがったが、その感情は飲み込むことにした。

そもそも、彼女を誘ったのは一樹自身だからだ。一人で行くのに気が引ける。

テレビで大体みる観覧者は女性ばかりのイメージが彼にはあった。そんな中に男一人で混ざるのが一樹は嫌だった。

麻衣を誘い一緒に行くのはそんな情けない理由からだった。


切符を購入し、改札を抜ける。

ホームにあがると程なくして目的地行きの電車が滑り込んできた。

一樹の想像通り車内の人も疎らで快適に目的地まで行けそうだ。

ドアから真横にある端の席に二人並んで陣取る。


「今回、テレビ局にいくのは潮崎さんに言われた人を調べる為に行くんでしょ?えーと、誰だっけ?」


「西口」


「そうそうその人。番組のプロデューサーなんでしょ?なんか怖いな、そんな人が犯人だなんて」


「まだ決まったわけじゃない」


「どうして?」


心底不思議そうに麻衣は首を傾げた。

そんなに簡単なら苦労などしないと一樹は言いたかったが、別に自分自身が偉そうにいえる立場でもなければ職業柄でもないので口を紡ぐ。


「いいか?仮に西口が犯人だとしてどうやって被害者を殺したんだ?」


「それは、カズちゃんもいってた様に魔術をつかってじゃないの?」


「その魔術ってのは誰がどうやって西口に与えたんだ?」


「えぇ?うーんアリスさんじゃないのは確かだし。うーん」


口元に人差し指を当てて考え込む麻衣の仕草は何とも子供らしい。

その後も、ああでもないし、こうでもないとうめき声をあげ続けてるうちに発車を告げるアナウンスが流れた。


ガタゴトと音を立て、心地よい振動が座席越しに体に伝わってくる。

ゆったりと加速を始め、瞬く間に電車はスピードをあげた。

車窓からは次々と町並みを映し出すフィルムを上映し始める。

風景が映し出す速度と、隣に座る変わらない幼なじみを交互に見て一樹は肩の力を緩めた。


意識せず全くの無意識で深く息を吐き出す。

麻衣には誰が?と問いこそしたがアリスが言った言葉は一樹の頭を延々とリピートを繰り返す。

父親が今回の黒幕だとしたら?

そんな疑問が胸の内から湧き上がってしまう。

だが、理由。動機の部分がまるで不鮮明だ。


確かに、一樹自身が父親の事を全くもってわかっていないということはあるが決して誰かを苦しめる様な事はしない筈だ。

一樹にとっての父親は、弱気を助ける正義のヒーロー。

理想の存在であるからだ。

そんな思いに耽っていると、隣に座る麻衣からギブアップと声が漏れた。


「わかんないよ、一体誰が魔術なんてものを簡単に与えられるかなんて」


「それもそうだな。それに、そこはあまり重要じゃないかもしれない」


自分に言い聞かせるように一樹は答えた。


「えーだってカズちゃんが」


「最初から、西口が魔術師だったら誰かに教えてもらう必要もないからな」


「あーそれもそうかー」


麻衣は納得した様子だったが一樹自身がそう思い込みたかっただけに過ぎなかった。

次の停車駅が近づいたのか電車の速度はゆったりと減速し始める。

進入し停車した駅のホームも閑散としていた。

片手で足りる程の人が乗車すると、電車はまた発車した。


「まだ着かないの?」


退屈そうに麻衣が呟いく。

まだ、一つ目の駅だというのに何を呆けた事を言っているのだろうと疑問を投げたくなるのを堪えた。

一樹にしても、麻衣の気持ちはわからなくもない。


神池市下沢。それが、今回の目的エリア。

A県の都市部にあたる神池市だが、都会といえるのはこの下沢くらいであろう。

そこから、電車で行くとしても急行など存在せず途中地下鉄経由の各駅停車しかない。

しかも、不便なのは途中一回乗り換えが発生するため時間以上に長く感じてしまうのである。こればかりは、神池市の一極集中した開発をどうにしかしてもらうしかないだろう。


探偵事務所がある最上から北にある下沢は各県からの交通が容易で、尚且つ豊富にある。

高速道路は勿論のこと、新幹線も下沢に停車することもあり他の神池市のエリアとは、比べものにならない程に開発が進んでいる。

流通のみでいえば、南にある南斗も下沢に遅れをとることはないだろう。

ここは、海に面していることもあり漁業が盛んである。

貿易会社も多い南斗ではあるが、お世辞にも治安がいいとは言い難い。

噂では、暴力団の抗争が日夜繰り広げられてるそうだ。


「まぁ気長にいこうぜ」


「そうだけどさ。なにか面白い話ないの?退屈〜」


唐突に振られた無茶苦茶な要求に一樹は苦笑した。

昔から、こんな突拍子のない発言をする子だったかと記憶を辿るが中々思い出せない。


「うーん、そうだなぁ。じゃあ、事件を解明するために必要な事ってわかるか?」


彼女がどうだったかは一端、頭の片隅に置き要望に応えることにする。

麻衣は腕を組み思案し始めた。

何度か唸り声を上げながら、首を左右に振る。

その動きがどこか可笑しくて一樹は吹き出すのを堪えていた。


二駅ほど過ぎた所で麻衣は大きく息を吐き出すと「ギブアップ」と項垂れた。

まるで、一人だけ水中で息止め大会でもしていたかのように苦しそうだ。

流石の一樹も麻衣の一人相撲に笑いを堪えきれず吹き出す。

周りの乗客は訝しむような目で彼らを見ていたが二人は気にしなかった。

もっとも、迷惑ではあろうが。


「なんでカズちゃんは笑うのさ!人が一生懸命考えているって言うのに」


「いやぁ、すまん。あまりにも面白すぎて」


「もぉーそんなことより答えを教えてよ」


「いいか思考だ、三つの思考。まず誰が殺したのか?なぜ殺したのか?どうやって殺したのか?まぁミステリーにおける常識ってやつだな」


「へぇーそれを考えれば犯人がわかるの?」


「いや、それを考えるっていうのは少し違う。それに辿り着くまでを考え方って感じだな。」


一樹は得意げに言うが、麻衣はいまいち理解してないようで首を傾げるばかりだ。


「わかってないよな?」


「うん、わかってない」


麻衣は笑顔で答えるので一樹からは深い息を吐き出した。

ふと一樹は車窓をみた。気がつけば延々と真っ黒に染められた風景が続く。

気がつけば電車は既に、地下へと潜っており窓ガラスに時折移る自分自身の顔をみた。

その自身の表情に違和感を覚えたのは数秒の時間がかかった。


「なんか楽しそうだね」


幼なじみの言葉が胸を抉った。

反射的に麻衣の顔をのぞき込むが、先ほどと変わらぬすっとんきょな顔と視線が交差した。


「え?な、なに?」


「いや、なんでもない」


驚く麻衣に一樹は頭を振って直ぐに思考を振り払った。


「今、笑ってた?」


「うん、ニヤついてたよ」


麻衣はニヤつきながら言った。


「まぁいいや。で、問題な事はあくまでさっき言った三つはあくまで推理にしか過ぎないって事」


「どいうこと?」


麻衣はまた首を傾げた。


「ミステリーっていう名の幻想にすぎないのさ。憶測の域をでない。実際の警察はそんな事は当たり前に考える。それらを確固たるものにするために証拠を集めるのさ」


「へぇー、じゃあ証拠をカズちゃんが集めればいいじゃない」


「それこそ警察の仕事さ」


一樹は呆れながら言った。

麻衣はいまいち話を飲み込めなかった様子だった。


「それに重要な事が一つある」


「なにさ?」


「探偵は事件の概要を把握してなければならない」


「どういうこと?」


「安楽椅子探偵なんていう事件の話を聞いただけで事件を解決するミステリーもあるけど、結局は探偵役が依頼人とかから事件のあらましは聞いているもんだぜ?今の俺みたいに誰かが死んだ、殺された。誰が怪しいとかじゃ世界中の名探偵をかき集めても解けはしないよ」


一樹はコートから煙草を取り出し、一服しようとしたが今は電車内ということを思い出し、無言でそれをまた内ポケットにしまった。


「あぁ、探偵が直接事件に遭遇した。もしくはその経験談を聞かされなきゃいけないって事?」


「まぁそんな事。ミステリーのあらすじだけみて解ける訳がない」


「じゃ、カズちゃんの目の前で事件が起きればいいんだね」


また突拍子のないことを麻衣が言うので一樹は目を丸くした。


「怖いことを簡単にいうんだな麻衣は」


「そうかな?」


「そうだよ。ところで、コンタクトレンズしてる?」


「え?してないけど」


「ならいいよ」

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