第4話

「―――で、結局オレは合格?不合格?」


話す事は話したと一樹は悪態をついた。灰皿には事務所に入って十三本目の煙草を押し付けながら。


「まずは保留だな。とりあえず今日は帰れ」


「なっ!?帰れってそれはねーぜ!俺はよ、住めるからって言うからここに面接に来たんだ!借りてたアパートだって一週間後までの契約だ」


思わず立ち上がり一樹は抗議する。

だが、アリスは菓子を頬張りながら受け流した。


「それがどうした?我には関係ない事だろう?恨むのだったら自身の傲慢さを恨め。ここが、お前の元々住んでいた家だとして温情で雇ってもらえると画策して失敗したお前の責任。父親がいて面倒をみて貰えるなどと無責任な期待を勝手に抱いていたのも一樹。お前の責任。今日は帰れ」


図星を突かれた。アリスのいう事に間違いはない。あるのは事実を突きつけられ己が無知さを曝け出し焦りで全身の穴から汗を流す情けない男の姿だ。


「―――なんだぁ?図星を突かれて黙りこくってもいいが邪魔じゃ。明日また来い。とりあえずさっさと帰らんか」


アリスの語気が強くなった。


「私、送っていくよ」


麻衣の気遣いが一樹の惨めさを加速させた。だが、これすらも無下にすれば惨めな醜態を更に晒す事になる。一樹は、麻衣のその言葉に甘える事にした。事務所を出て雑居ビルを後にする。

駅まで送ってもらうのも情けないと一樹は申し出たが、大丈夫とあしらわれた。


「そういえば麻衣は今何してんだ?」


一樹は素朴な疑問を口にした。麻衣は同じ歳の筈。ありえないとは思うが自身と同じようにフラフラと生活しているわけではないだろうと思ったからだ。


「うーん。私は専門学校を卒業した後、家の仕事を手伝っているよ」


「家の仕事?あぁーそうか!そう言えばお前の家って!」


「うん。アリスさんの事務所があるビルの一階。あそこ私の両親のお店だから」


この近辺では珍しい新しい外観のカフェ。一樹は幼い頃の記憶がまた一つ蘇る。

麻衣が幼馴染だった理由を。あの雑居ビルの二階は言うまでもなく一樹が生活していた場所であり、また三階は住宅スペースとして麻衣の家族が生活していた。雑居ビルとは名ばかりのアパートの様な場所だった。


「へー、そうか……なんか俺だけ職がなくて悲しくなってくるよ」


「ま、まぁ私もまだアルバイトみたいなものだし、似たようなものだよ」


麻衣の若干ズレたフォローが一樹を突き刺し思わず苦笑いを浮かべた。


「俺よりはマシだろ。つか、アリスと随分親し気だったけどアイツはいつ頃からあそこに住みついてんだ?俺の親父の家だろ」


これ以上同じ話題は心が居たくなりそうだと話題を変えてみる。


「えーと、いつだったかな?カズちゃんがいなくなっちゃった一、二年後くらいかな?カズちゃんのお父さんは気づいたらいなくなってて。でも、アリスさんはずっといるし、私の家族もみんな仲いいんだ」


麻衣はそんな一樹の思惑を見抜く訳でもなく素直に答えた。


「ちょっと待て。アリスって一体いくつなんだ?見た目あんなクソガキじゃねーか」


「え?うーん。でもアリスさん魔法とか使えるみたいだし。きっと若さをずっと保っているんじゃないかな?」


「は?アリスが魔法ってのを扱える事しってんのか?つか、それで納得すんのかよ」


当たり前の様に現実離れした発想に一樹は面を食らう。


「うーんとね。色々と教えては貰ったけどよくわかんなかったなぁ」


麻衣は腕を組み思案し始める。あどけなさが残ったその表情と仕草は変わらないなと一樹は感じた。


「まず、魔法を使うには魔力が必要なんだって。それで、その魔力は誰でも秘めてるらしいよ。ただ、現代社会は魔法を使う意味を消失してるから昔の人と比べると魔力の量で言えば少ないんだって」


当たり前の様に麻衣は不可解な単語を羅列した。直後にどうだと言わんばかりに胸を張って見せる。


「馬鹿馬鹿しい。そんな魔法が存在しているならもっと世の中変わっていただろうよ」


一樹は肩を竦めて呆れて見せた。麻衣は対照的にロマンある話だと思うけどと目を輝かせる。

そんな彼女の姿をみて一樹は記憶を掘り起こしていた。白石麻衣という女は夢見がちな純真な少女だったと。


「―――麻衣。お前はなんか変わらないな。疑いもせずに真っ直ぐだ。俺みたいに捻くれないことを祈るぜ」


「そうかな?なんかそう褒められると照れちゃうよ」


全くもって見当違いな反応をした彼女に呆れつつ一樹は吸い終わった煙草を指で弾く様に路上に捨てた。


「それで明日も来いって話だったけど今まで面接に来た奴らはこんな扱いを受けた訳?」


「さぁ?私が知る限り人を雇うなんて話自体が初耳なんだよね。でも、アリスさんがお客さん対応している所はみた事あるけど、カズちゃんはマシな方だよ?アリスさん怒ると怖いから」


「怖い?それはアイツの横暴さの事を指してるのか?確かに怖いよアレは。まぁ明日またこればいいんだろ?はぁ……どうなる事やら」


頭を掻きながら一樹は項垂れる。そんな彼の様子を麻衣は嬉しそうに見つめていた。


「な、なんだよ?なんかおかしい事いったか?」


「ううん。何も……ただ、懐かしいなって思えたから。じゃあ、また明日ね。カズちゃん」


そう言うと麻衣は手を振りながら来た道を引き返していく。何事かと一樹がふと見上げれば既に駅の前にいた。


「―――あぁ、また明日」


何時までも手を振り続ける懐かしの幼馴染に見送られながら一樹は改札口を潜っていった。



彼は気怠そうに起き上がった。ワンルームの質素な部屋。必要最低限な家具すら置かれていない異様な室内だった。


「いっててて。やっぱ床で寝ると体がいてぇ」


この部屋の主。残り一週間はという条件付き。赤羽一樹は痛む体の節々を摩りながら洗面台に向かった。


「あーなんもねぇなこの部屋は……まぁ、全部売ったのはこの俺ですけどね」


自身の情けない姿を映し出す鏡に向かって一樹は独り言を呟く。昨日、アリスに言われた事実を嫌でも痛感していた。かつて父親が営んでいた探偵事務所は彼に職業と住居を同時に提供してくれると信じて疑わなかったからだ。その為、必要な家具すら全て売り払い残るのはトランクに詰められた衣類と洗面台にある歯ブラシセットとカミソリ。そして、吸い殻で山盛りになった灰皿だけ。


「今日何時に事務所いけばいいんだ?つうか今何時よ?」


右手に持ったT字型のカミソリで顎鬚を剃りながら、器用に空いたもう一方の手でポケットから取り出したスマートフォンで時間を確認する。指していた時刻は午後二時。


「そんな寝てたのか俺?まぁいいや……いくか」


背を丸めて一樹は家を後にした。

彼の家から神池市最上まではそれなりの時間を要する。家を出た直後に麻衣に連絡を入れており到着時刻に駅前で待ち合わせをしていた。


「おはよう。っていう時間でもないよね?昨日ぶりだね、カズちゃん」


顔を合わせて直ぐ陽気な声が飛んだ。改札出口で麻衣は柱を背にして一樹を待っていた様子だった。


「あぁおはよう。つうか、こんにちはだな。さていくか」


挨拶も程々に二人は事務所への道を進んでいく。


「そういえばニュースみた?今朝も出たんだって焼死死体」


「しらん。自慢じゃないが俺の家にはテレビもラジオもないからな」


「え?そうなの?まぁでも怖いよね?だって、被害者の関係には何一つ共通性もないんだよ?」


「知らんもんは知らん。共通性がないなら、突飛な事故だろ。というか今の時期そんなに火事が流行ってんのか?」


中々に凶悪な単語が飛び出てきた事に思わず一樹は目を丸めた。こんな大人しそうな子が言う言葉じゃないと脳内で呟く。


「うん。それがね、被害者はこれまで三人。身元が直ぐに判明したのは現場近くで被害者の物と思われる財布が毎回捨てられているんだって」


「ん?ちょっと待てよ。それってどういう事だ?火事かなんかの事故じゃねえって事?」


「え?そうだよ。だから今話題になってるんだよ!」


思い違いをしていたと一樹は顔を顰めた。


「それは焼死体が遺棄されていたって事か?」


「えーだからそういってるじゃん。もー」


顔を膨らませる麻衣を横目に一樹は溜息をつく。純粋に只の死体が遺棄されているだけならば連続無差別殺人だと事件を理解はできたが、犯人はわざわざ一度死体を焼いてから遺棄しているという手間を掛けているのだから余計に質が悪い。常軌を脱しすぎたそれは怪奇事件というに相応しい代物だ。


「全く気味が悪いな。まぁ今の俺には一ミリも関係のない話だよ」


肩を竦めながら一樹は煙草を燻らせた。

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