第3話
所長のものと思われる机に踏ん反って美しくしなやかな足を組むと、未だ困惑した表情を崩せない一樹を見下しながらケタケタと笑う。
「おめでとう。というべきか、まずは第一段階合格だ。さっさとその面をみせて自己紹介の一つでもしてみたらどうだ?」
「え?いや、それよりアンタ!誰だ!というか一体どっから出てきやがった!?」
思わず疑問を口にするのは当然だった。自身が面接に来たことすら頭の外に飛んでいく。
「なんだ?口の利き方も知らんのか?まぁいい。いや、よくはないが。我の名前は、アリス。この事務所の所長だよ」
「えっ、あっ―――あー、俺は、いや」
その少女をもう一度視認した。どう見ても自分より遥かに年下の様に感じる。これが、本当に所長だというのなら、悪戯の類にしか感じない。
「まぁいい。名前は?」
「あ、名前?一樹。赤羽一樹っていうけど。ところで、本当の所長はどこだ?子供の悪戯はいいよ」
「はぁ、まるで信用しておらんな」
「それは、そうだろ」
アリスは、ため息を一つついてからどこからかキセルを取り出し、煙を吐き出す。
時代錯誤の代物ではあるが、それはそれで、彼女に相応しいと一樹は思えた。いや、外見年齢的にも問題外であろうその行為にも関わらずにだ。
彼女の外見とこの落ち着いた雰囲気は、妙に居心地の悪さを感じるだろう。まるで、パスタに生クリームを掛けて食すような違和感。脳の理解が目の前の光景を拒んでいる様だ。
「ふむ。で一樹よ、お前は魔法を信じるか?」
「ま、魔法……ねぇ」
いきなり突拍子のない事を言い出す人だ、と一樹は首を傾げた。
「魔法ってあれだろ?ゲームとか漫画に出てくる所謂フィクション。現実にはあり得ないよ。因みに手品を魔法っていうなら間違いさ。あれは、仕組みが確立されているれっきとした技術だ」
少し得意げにいうとアリスは愉快そうに笑う。
「あぁ、お前の意見は強ち間違いでは無いな。それがあると証明されていないモノは、『存在しない』と同義だからな。貴様も魔法を見たことがないからハッキリとないと言い切れるのだろう?では、それが実在したのならば信じるか?」
「まぁ、それはそうだな。俺は魔法なんてみた事がない。それに、そんなものがあればこの世界はそれこそゲームや漫画の様なファンタジーの世界になっている筈だ」
「それは少し違うな一樹。人は賢い。彼らは石器の時代より製造する事に長けた化け物だ。造る事に関してはな。魔法を便利と思うか?例えばだがな火が欲しければ、現代ならライターでも何でもあるだろ?必要ないんだよ魔法は。人は科学というある意味で魔法を作り出したのだからな……おっと話がズレたな。論点から言うと貴様がいうファンタジー的な魔法は存在する」
アリスは、さも当然の事のように常識外れの言葉を口にした。
「いやいや、アンタ話がおかしい―――」
アリスの言葉を思わず否定しようとしたが、その言葉を思わず飲み込んだ。
一樹は、思い出していたのだ。彼女がこの部屋にどうやって現れたのかを。
今一度、振り向き後方の扉を見るが開いた形跡はない。
事務所の扉を開ければ、一樹の時のように扉に括りつけられたベルが鳴る筈だからだ。そもそも、幾ら睡魔に襲われていたとはいえ、ここまで人の気配に気づかない筈がない。
「他に何かおかしかった所は」
アリスが現れた時、何が起きたのかを思い出す。確かに風が靡いた事を確かに一樹は思い出した。
だが、それだけでは何も分かる事はなかった。
「いや、だとしても魔法なんて存在するはずがない」
「信じないと?では、お前の前で魔法をみせてやろう。先に答えを言うぞ?一樹。我は今より姿を消し貴様の背後に現れる」
アリスは得意げな顔で告げた。一樹は、「どうぞやってみて」と肩を竦めた。
「ほれ、振り向いてみ?」
直後、その声は背後からした。先ほどまで、机に踏ん反りかえっていた少女は一樹の背後に居たのである。
「いつの間に?」
「ふふん、流石に信じたか?」
「で?なんの魔法を使ったんだ?風でも使った高速移動か?」
「ぷっぷぷっ。か―――ぜ―――?なんじゃそのチープな発想力は?小学生以下の脳みそかお前は?そんなものじゃないわ。いや、説明してもわかるまい」
アリスは、キセルの煙を吐き出しながら言葉を漏らす。一樹は不服そうにした態度をしたまま煙草に火をつけた。
「そう睨むなよ。お前が言った通りそういった類の魔法もある単純に火を出すだとか、風を何処からともなく起こすとかな」
笑いながらアリスは一樹の前にあるガラステーブルに腰掛け、彼の目を正面で捉えた。
品定めでもされているかのような気がした一樹は、ぶっきらぼうに視線を外す。
ニヤニヤと口元を歪めるアリスの顔が気に喰わなかったからだ。
「こんにちわー」
そんな二人の空間を切り裂く様に、事務所のベルが鳴り女性らしき声が二人の聴覚を刺激した。
一樹は助かったとため息をついた。乱入してきた女性は、二人の顔を交互に見つめながら「アレアレ?」と首を捻った。
一樹はそんな女性を横目で視認する。年齢は、自分と同じくらい、若しくは年下だろうと推測する。女性的な胸部の膨らみが男の感性を擽るが、その顔つきは幼さを残してあどけない。こういった女は所謂、天然ちゃんだとかそういった類だ。それも天性の。
自身にも小学生の頃だが、そんな幼馴染がいた事を一樹は思い出した。
この場所から引っ越した際、その女の子が泣きじゃくりながら、車にのる自分に手を振る光景は今でも鮮明に思い出せる。
父親の顔は満足に思い出せないくせにそういったものは妙に覚えているもので人間の記憶というのは随分といい加減で曖昧だと一樹は苦笑した。
その幼馴染は、何かと自分に世話を焼いていた気がする。自分はいつもそれに付き合わされていた。だが、そんな他愛のない幼い記憶を今も覚えているのは、少なからず自身が彼女に僅かながらの恋心を抱いていたのかもしれない。
「そう、そうだ、そんな顔をしていた」
思わず心の声が音を出してしまい慌てて口を塞ぐがもう遅かった様だ。
目の前の魔女がニタニタと歪む。一方、扉の前にいる女は「ああーーー」っと大きな声を上げた。その表情は何処か嬉しそうに見える。
「ねぇ、赤羽一樹でしょ?私だよ?覚えてる?幼馴染の白川麻衣。ね?カズちゃんなんでしょ?アリスさんにね、今日会わせたい人が居るから事務所に来いって言われたんだ。そっか。そういうことなのか!」
白川麻衣は一人納得したように何度も頷く。
「おぉ、やはりか麻衣。どうだ?数年ぶりの再会は嬉しいだろう?」
アリスは、麻衣の元へと歩み寄るとその胸に飛びついた。その光景に一樹は思わず視線を奪われる。アリスがその豊満な胸に頬をすり寄らせると、圧迫された肉が外に押し出され波打つように震えた。
「馬鹿か?」
「いいや一樹。正直に言ってみろ。羨ましいとな。はははは」
アリスは高らかに笑いながらその行為を止めはしない。麻衣は「やめてくださいよー」と言いながらも、その行為を受け入れている様だった。
「それで、カズちゃんは一体どうしたの?」
麻衣がアリスを抱きながら一樹とは対面のソファに腰を落とす。麻衣の膝の上に乗るアリスもこうしてみると見た目相応の可愛らしい少女にも見えなくもなかった。
一樹は頭を掻きながら煙草を燻らし「何処から話したもんか」と天井を見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます